会議について考えはじめる

雑感

会議はいきもの。議論をうまく組織できないこともあるが、そういう傾向が続く場合は、どうしてそうなっているのか、考える必要がある。今はそういう時期なのかもしれない。会議には、目的や実現したい点があるが、自分の思惑通り行かないことの方が多い。目的が達成できなうてもいいが、議論が深まらなかったり、意見が出なかったりするとよくない。
何が原因で議論が深まらないのか。会議は、会議だけでは完結しない。現実の動きがあって会議があるので、会議で決まったことに基づいて物事が動いてはじめて会議が生きてくる。そこのところをよく考える必要がある。

そうそう、話は変わる。
デカルトについて、Facebook上で質問があったので、自分なりに答えた。デカルトに対する一般的な解説では、全てを疑うことによって疑い得ない問い、「我思うゆえに我あり」にデカルトは到達したとなっている。こういう解説の仕方とデカルトの生き方は、おそらく深くリンクはしていたんだろうけれど、この人の生きた道を考えると、果たしてデカルトは、「我思うゆえに我あり」から出発する認識論をどこまで深く考えていたのか気になった。

まあ、本人の書いたものを読まないであれこれ言っても仕方がないので、『方法序説』ぐらいは読んでみようと思いはじめている。思ったら買えばいい。ということなので買ってみよう。


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 和歌山県情報へにほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へにほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

雑感

Posted by 東芝 弘明