静謐な文章

雑感

趣味で小説を書いている。1作目は三人称単数の書き方を選んだ。2作目は1人称単数を選び、3作目は、もう一度3人称単数で書いてみた。今の作品は、カメラ・アイの視点及び少し神視点を加えたハイブリッドで書いている。カメラ・アイの視点で書くと映画のような書き方になる。つまり、カメラの前で発生している物語を描くことになる。

日常の生活にカメラを入れると、何とも単調な面白くない映像ができる。映画にしてもテレビドラマにしても、カメラ・アイで作品を撮っているが、描かれている世界は、必然的でムダのない物語が、意識的に作られ、描かれている。カメラ・アイもカメラの前で展開される物語も、どう描けばいいかという計算の上で成り立っている。だからこそ面白い。

もし作品がドキュメンタリーのように見えるとすれば、「ドキュメンタリーに見えるように撮っている」ということになる。映像作家は、カメラ・アイを意識しながら、どうやれば無駄なく物語が説得力を持って展開できるかを考えている。

カメラ・アイで作品を書くときに、ぼくが脳裏に浮かべているのは、山田洋次監督の『男はつらいよ』だ。この作品は、渥美清の演じる寅さんの内面を全く描いていない。例外は冒頭の夢のシーン。ここには寅さんの願望のようなものがある。
ぼくは1980年8月封切りの『寅次郎 ハイビスカスの花』以降、すべての作品を映画館で見た。見た本数は26作になる。それ以前の『寅さん』はビデオで見たものもあるが、見ていないものもある。しかし、見続けたことによって、カメラがどのように物語を撮影してきたかは、かなり深く記憶にある。『寅さん』を参考にすれば、カメラ・アイを実行できる。ぼくは目の前が明るくなった。

カメラの前で寅さんを演じている渥美清やあの映画の登場人物の仕草や台詞を通じて、観客はいろいろなことを感じ取って、感情移入している。観客がどう感じ取るかというのは千差万別。寅さんファンが多く、この作品群に対して、いろいろなことを観客が語りたくなる原因の一つは、内面を描かないカメラ・アイにあると言ってもいいだろう。
山田洋次監督は、あの人の主観で作品を自由自在に動かしていない。自分の作品に対するコメントも「寅さんはあのとき、こう考えていたんではないでしょうか」というのは、内面を描かない作家だからだろう。

寅さん映画を手本にしつつ、カメラ・アイで小説を書くというように考えて、ようやく筆が動き始めた。同時に文章には少しだけ神視点を加えるようにしている。
たとえば、
小学校4年生の主人公が初めて、自分でガス釜でご飯をしかけ、食べるシーンを描くとき、
「○○は初めてご飯を炊いた。今まで○○は、ご飯なんて炊いたことがない」
この一文を書くのか書かないのかで、随分状況が変わる。完全なカメラ・アイでは、こういう文章を書くことができない。しかし、こういうことを書かないと、物語がスムーズに進まない。カメラ・アイと神の視点でのハイブリッドを自覚し、できるだけ神視点を押さえながら書く、ということをしている。カメラ・アイで描くと、主人公から離れ、いろいろな人の物語を自由に描ける。主人公も含め、登場人物の内面に入り込まないのは大きな制約だが、この制約は、描写や人物の動作を通じて、人間の感情を描くことへの挑戦となる。

感情は台詞で表すということでもある。登場人物の台詞と台詞が、物語を大きく展開していく。カメラ・アイの視点に徹するからこそ、台詞に求める意味は大きくなる。

ぼくの書く小説の文章は「静謐だ」と評価された。九州の鹿児島県で住む人とコンピューターのGeminiが同じようにこの言葉を使ったので、筆致は静謐なんだろうと思う。静謐とは「非常に静かで穏やかなさま」のことだ。感情を極力抑制した描写になっているが、それでいてぼくの書く文章には、人間に対する温かさがあるのだという。

どうして、そのような筆致が生まれてきたのか。それはぼくにもよく分からなかった。しかし、Geminiとやり取りをする中で、それは自分の生い立ちが色濃く反映しているということに行き着いた。小学校1年生で父親を亡くし、高校2年で母親を亡くしたが、ぼくの場合は、中学校から寄宿舎に入ったので、中学校に上がって以降、母との関係もかなり薄くなった。独身のまま30歳になるころ、無性に家族に飢えていた。寂しさが自分にのし掛かってきて、押しつぶされそうになっていた。そういう心情から救い出してくれたのは、議員の仕事だったし、結婚してくれた今の妻だった。自分が生きてきた道筋の中で培われてきた内面が、文章にも表れているのだというのが、Geminiの指摘だった。

この指摘にはなるほどと思った。もちろん、多くの作家の影響がぼくの中にも入り込んでいる。その中で一番ぼくに影響を与えた作家は、藤原審爾さんだったことにも思い至った。山田洋次さんが師と仰いだ作家、藤原審爾さん。ぼくは、山田さんと藤原さんが出会い、そのあと渥美清さんと山田さんが出会ったので、「寅さん」が生まれたと思っている。そんなことが、ここ数日で確認できたことは面白かった。

書くことによって、見えてくるものがある。新たな挑戦を行うことによって見える世界がある。そういうことも感じる。壁打ちテニスであるGeminiにも感謝したい。

雑感

Posted by 東芝 弘明