日常生活の中に絡みつくハプニング

雑感

会議が終わった後、Macを開いて、作りかけのページのレイアウトを作成した。写真が必要になった。何を写真に活用しようか考えた結果、記事の順番を変えることにした。もう一つの記事は、リゾート開発にどう向き合ってきたのかという記事になった。こういう記事を作っていると、「かつらぎ民報」や「赤旗読者ニュース清流」を作成してこなかったことへの反省が浮かんできた。

自宅に帰るのが8時を過ぎてしまった。見上げると、家に着くと二階の娘の部屋に灯りが付いている。妻が資格を取るためのレポート作成をしているときは、この部屋に灯りが灯る。
玄関を開け、廊下の暖熱色の電灯を付け、鞄二つを左手の部屋に置いて、二階の階段を上がり、一番奥のドアを開ける。
「もうちょっとしたら降りていくから、お風呂洗っといて」
こう言われたので、お風呂を洗いリビングの炬燵に坐る。

日常というのは、こういう形の積み重ね。この中に人々は、いろいろな思いを織り交ぜて生きている。同じことをしていても、日によって、その意味は変わってくる。そこに生活の中のドラマがある。これは、なかなか面白いことでもある。

たとえば(これは全くのフィクションですが)、

リビングの電話が鳴った。
「奥さんが事故に遭いました。急いで病院に来て下さい」
電話を取ると、電話の向こうで女性がそう言った。○○病院だった。車で急いでも30分はかかる。受話器を置くとき、少し指先が震え、コードレスの着信機をうまく元の場所に戻せなかった。克行は、受話器を戻してから、目の焦点が定まらないまま、リビングの壁を見た。唇が小刻みに震えている。
電話がかかってきたとき、洗濯を干している最中だった。
部屋の中で電話の音が聞こえたので、洗濯ばさみをカゴに戻して、部屋の中に駆け込んだ。
「急いで」と言われても、洗濯物を干さないままにすると、湿ったまま匂いが出て、衣類がダメになってしまう。
朝から湿度が高く、むっとする感じの中、さっきから細い霧のような雨が降り始めた。
克行は、引き戸を開け、洗濯干し場に駆けるようにして戻った。

とまあ、こういうのが、人間の日常生活のドラマになる。同じ洗濯を干すという日常の行為も、発生した事件によって、内容が大きく変わってしまう。人間は、求められることに直ちに、スッとそのことに没頭できる環境にないことの方が多い。

だからこそ、そこに集中できるような条件を作っていく。それでもその条件の中に、ハプニングは絡みついてくる。人間の生活というものは、そういうものだろう。

雑感

Posted by 東芝 弘明