映画『鉄道員(ぽっぽや)』のシーンを書いてみた

雑感

今日は休みだったので、AmazonPrimeで映画『鉄道員(ぽっぽや)』を見返しました。少し前に浅田次郎さんの小説「鉄道員(ぽっぽや)」を読み返して見たので、映画と小説がどう違うのか、見てみたかったのです。
映画は、短編小説を膨らませ、炭鉱の町が寂れていく時代の中で廃線となる鉄道の終着駅である幌舞駅を描いていました。この映画を見ていると、高倉健さんの、無言の演技、間の多い演技に魅了されました。果たして、文章で健さんの間を現せるのか、書いてみたくなりました。書き方はカメラアイです。
以下が、ぼくが書いたラストに近い駅舎でのシーンです。映画にほぼ忠実だと思いますが、見直しただけで、書いたものですから、一部に違いがあります。さて、実験はうまくいくのか。
今日は、こんなことをしながら遊びました。

映画「鉄道員(ぽっぽや)」を元にして。

 幌舞駅のホームから戻ってきた乙松は、外套に付いた雪を払って、駅舎の中に入った。旧式の外套は、襟が厚く乙松の首をすっかり覆い、分厚い、丈の長い防寒服としては、格好のいい出来栄えだった。この姿で駅長の帽子を被ると、まさに何万、何千もの人々を見送った駅長の重さが漂ってくる。
 駅舎に入ると、駅舎にくっ付いている住居である畳の間に鍋物が用意され、鍋から湯気が立ちのぼっていた。この鍋は、忘れ物の人形を取りに来た三人娘の長女が作ったものだった。彼女は十七歳で高校二年生だという。
 乙松は鍋を用意した手際の良さに驚きながら、あぐらを掻いて鍋の前に坐り、しばらくしてから食事が始まった。娘が呑水(とんすい)に炊き上がった具材とお汁を入れ、乙松の前に差し出すと、乙松は「うんめえ」「うんめえ」を連発し、「胸がいっぱいになった」と言った。
 その時、電話が鳴った。
 乙松は、白い受話器を取った。電話の主は神明寺の住職だった。
「お孫さんが人形を取りに来なさって、長居をしてもらっています」
「えっ、はい、そうですか。そうなんですか。それは失礼しました。ええ、ええ。はい、失礼します」
 受話器を置いた乙松は、座敷に坐っている娘を見た。怪訝そうな表情が顔に浮かんでいる。鍋のガスが、青く揺れて鍋から湯気が立ちのぼっている。
 娘は、立ち上がって、座敷を下り、靴を履いて乙松の前に立った。何か言いたそうな表情だった。
「お前…… ゆっこか」
 戸惑いで声が震えている。乙松の横でストーブの上の薬缶の湯気が勢いよく立ちのぼっている。娘は、居住まいを正して乙松と向き合い、目を見て言った。
「……そうだよ。雪子だよ」
 そう言った後、娘は恥ずかしそうに下を向いた。
 外では降る雪が激しさを増している。もう、視界の先が雪で見えなくなりつつある。風がかなり吹いているが、風の音は雪にかき消されているのか、駅舎の中には聞こえてこない。
「お父さん」
 雪子は、長い沈黙の後、そう言って顔を上げた。お寺の孫ではない。お正月休みで実家に帰って来たのではない。
「なして、雪子がそんなウソを…… 」
 乙松は、そこまで言って言葉に詰まり、天井を見上げた。目が少し潤んで見える。真一文字に結ばれていた口が歪む。
「……だって、お父さん、死んだ私が、お父さんの前に出てきたら、こわいっしょ」
 乙松は半歩雪子の前に出て、向き合った。乙松を見上げた雪子の目に乙松の姿が映っている。雪子の背は乙松の肩よりも少し小さいぐらいだった。雪子が着ているオレンジ色のちゃんちゃんこは、亡くなった乙松の妻の物だった。
 駅舎の中にいたのは二人、激しくなった雪の中に、オレンジ色の灯りを放つ駅舎が、終着駅の街にぽつんと建っている。
「なんも…… 自分の娘を怖がる親なんていないっしょ。……なして、怖がることがある? 」
 乙松は、目をあちこちに動かしながら話をつないだ。雪子は、途切れ途切れに出てくる乙松の言葉を静かに聞いた。
「ごめんね。私、何も親孝行もしないで死んじゃって」
 雪子はきっぱりそう言った。乙松は、さらに半歩雪子の前に歩み出て、雪子の顔を見た。部屋を灯す裸電球が、オレンジ色の光をその周りに落とした。夕暮れが迫ってきた。駅舎を包む外の明るさが、急いで何かから逃げるように暗さを増した。そのあと、一気に外は暗くなった。
 部屋の中の隅に陰影が現れた。
「そうかい、お父さんに、十七年間、雪子が成長する姿を、昨日から見せてくれていたんかい」
 そう言うと乙松は、雪子に背を向けて、机の上に両手を付いた。手が少し震えている。一文字に結ばれた口がまた歪んだ。目には涙が溜まっていた。後ろ姿が丸く見える。
 机の横に優しい顔の人形が立てられている。雪子が人形のところまで歩いて、乙松の横に立って手に取った。
「この人形、お父さんが、美瑛で買ってきてくれた人形っしょ」
 乙松は、雪子が抱き抱えた人形を見て、記憶を探るような表情になり、机から手を離した。
「雪子と一緒にお母さんが柩に入れてくれたんだ」
「そう、雪子、人形を大切にしてきたよ」
 雪子は、頬に涙を伝わせながら人形を胸に抱いた。手作り人形の優しい顔は日本的で、なんとなく雪子に似ている。雪子は元いた場所に移動し、乙松は机を背にした。
「お父さん、この17年間、なんもいいことなかったっしょ。幸せなんてなかったっしょ」
「いんや、お父さんは幸せやった。なんも後悔はしとらん。俺は幸せもんや」
 乙松の目から涙が溢れた。わずか生後二ヶ月だった雪子が亡くなり、気動車に乗せられて駅に帰ってきた時も、勤務中だと言って泣かなかった乙松。妻の死に目に会うことも叶わず、慰安室で遺体に立ち会ったときも、ぽっぽやは身内の死に目に対し、泣くことは許されないと言った乙松。人生上の苦難があっても勤務日誌に異常なしと書き、凍てつく雪の降る冬でも、時計を確認し、笛を吹き、指差し確認して出発進行を言い続けてきた乙松。この乙松が駅舎の中で涙を流している。
 乙松は、雪子の両肩を掌で抱いて両手で雪子を揺すぶると、雪子は乙松の胸に飛び込んで胸にほっぺたをくっ付た。目から涙が溢れている。
 乙松はその太い腕で雪子を抱きしめた。

雑感

Posted by 東芝 弘明