議員報酬と定数は現状を維持することとなった

雑感

三好公民館で開かれた行政報告会に参加した。2023年6月2日に発生した台風に起因する線状降水帯発生によって、起こった水害の被害とその対策について、数多くの課題があることが、質問を聞いていて強く感じた。やはり、この地域から地元の生活の声をくみ上げ、議会で発言する議員が必要だと思った。生活している場から上がってくる声は極めて重要だと思う。

そう、議員数は一定数どうしても必要になる。議員のいない地域から議員を出そうとしている動きも含め、議員定数を一定数確保することは、民主主義を保障する上で欠くことができない。

議会運営委員会の後、議員定数・報酬調査特別委員会で、町の審議会の答申結果を受けた議論が行われた。今回の審議会には、議長、委員長、副委員長が出席し、1時間10分ほど質疑が行われた。審議会の人からの質疑内容を聞いていると、議会がこの間行ってきた努力が、住民の中には伝わっていないことが浮き彫りになった。

通年議会による議員の変化は、議員がよく勉強するようになったということだ。その結果、議員の一般質問が提案型に変わり、議委員が提案した要求が実現するようになったというところにある。日本の政治は、年々複雑になっている。制度が新に作られる度に複雑に入り組んだものになっているのは、国民主権でない政治が行われている結果だと思っている。如何にして国民が団結しないよう、分断を重ねていくのか。ここを軸に制度設計がなされるので、国民の側から見ると制度が極めて分かりにくいものになっている。とくに複雑怪奇なのは社会保障委関係だろう。国民の生活に直結している社会保障について、深く理解している国民は少ないと思われる。

議会議員でも社会保障になるとほとんど質疑がない傾向が強い。この道を直してくれとか、溝の水はけが悪いという問題は、緊急に改善してほしい深刻な問題だが、それは政治の一部分であって、生活を脅かしている政治の分野は多岐に渡る。この複雑怪奇な制度を理解し、制度の改善を求める仕事は、議員にとって重要なものだが、その分野に歯が立たないのでは、議会議員として、一人前とは言えないだろう。戦後の日本の歴史の一つは、命に関わる社会保障に対し、地方自治体が独自の努力を行って改善してきた歴史でもある。小泉改革以降、この分野で国民の負担増と給付減が繰り返えされてきた。この26年間の歴史は、地方自治体の視点から見ると、かなり押し込まれてきた歴史だと言える。これに対して、反旗をひるがえし、国民の手に、国民を守る社会保障を取り戻す必要がある。ここで成果を上げるためには、福祉とは何か、社会保障とは何かという深い認識と改革提案が必要になる。
社会保障は国が決めることという意見が自治体の当局側から出されたことがあった。この意見は、国民主権に関わる社会保障に対し、自治体が白旗を揚げることにつながってしまう。研究と改善の視点を失うと、国民主権は貫けない。

通年議会によって、議員が質を上げるためには、会議も開くが、よく調べ、よく研究して政策立案できるようになる必要がある。かつらぎ町議会はまだその発展途上にある。「効率的な議会運営」という言葉が答申の中にもあり、それに対して意見も出されたが、通年議会の意味が伝わっていないところに大きな課題がある。

今回の答申は、新しい議論の出発になった。議会は今回の答申を受けて、さらに議員報酬と定数については引き続き議論を重ねる必要があるという意見が大勢を占め、今期では定数も報酬も触らないで議論しようとなった。これは答申を無視したものではなく、答申を踏まえた結果、その答申の趣旨も生かしながら、さらに議論を深めようとするものだ。議会が審議会開催を求め、それに協力をいただいた点については、議会の不十分さを反省する必要があるとも思う。しかし、議会がこの問題で熟慮し、住民との間でも意見交換していく姿勢を示すのは、前向きなことだと思われる。

雑感

Posted by 東芝 弘明