植西祥司先生の告別式
頑固な人だった。自分の思いを曲げないで議論が平行線を辿ることも多かった。理屈が先に立って、頑固にそれを曲げなかった。いろいろな人と論争を交わす人でもあった。
晩年の思いは憲法第9条を守るという一点に貫かれ、国会でこの憲法を守るためには、リベラル野党の統一が不可欠だと思っている人だった。情勢に対する認識はいつも、危機感満載で、今にも憲法が変えられてしまうかのような捉え方だった。
誰もが9条連絡会の事務局長にふさわしいと思ってきたのに、ぼくは事務局次長がいいと言い張って、事務局次長の座に坐り、会議の資料を全部整えて会議に臨む人だった。
人は植西祥司先生のことを「植西先生」、「植西さん」と呼んだ。
しかし、植西先生の思いの根底には、ピュアな気持ちが脈々と流れていた。そのピュアな思いを根底に据えて、誰よりも多くのチケットを販売し、多くの人の声を掛け、集会に参加してもらう約束を生み出してくる人だった。
9条の会議を主催すると、まだみんなにどうするか案を提案もしていないのに、もう時間がないので(それは言い訳が多かったが)、「チラシの枚数はこうします」「会場はここにしました」「企画はこういうようにしたいと思います」ということが多かった。
でも、みんな、この提案に苦笑いしながらついて行った。苦笑いしながらついて行ったのは、行動力を尊敬していたからだろう。
ぼくは、人一倍、植西先生のやり方に反対し、改善を求めていた。
しかし、東京から来ていただいたMさんの講演会のときは、さすがに呆れた。みんなで話し合ってテーマを決め、講師に講演内容を打診していたのに、植西さんは、直接講師とやり取りをし、自分が話してほしいことを、盛りだくさんにお願いし、実際、そういう講演会になった。
もちろん、こういう講演会は看板に偽りありなので、極少人数ではあったが、「講演はテーマと違う内容であり、いかがなものか」という意見が感想文に書かれていた。
「当然そうなるよね」
ぼくはそう思ってあきれ果てた。
これに対し植西先生は、こう言った。
「そういう意見とはとことんたたかわなければならない」
面白い捉え方をする人だった。そのときの講演会には多くの人が集まり、ぼくは講演録を書き起こさせてもらった。植西先生のことを思い出すと、この講演会のことがよみがえる。講師の方ともお昼ご飯をともにさせてもらい、直に話を聞かせてもらったことも含め、忘れがたい思い出となった。
議論が白熱すると、植西先生は、自分の考えをとうとうと語り、
「9条の会で衆議院選挙はたたかえる」
などと言い始め、ぼくが、
「一点共闘なのでそれは難しいです」
「そうか、あかんか」
そのことでは随分笑わせてもいただいた。
油絵を描き、カラオケが大好きで、釣りを楽しみ、ゴルフを好み、多くの人と交流が盛んな人だった。人の気持ちを大事にする人情家でもあった。人に対する優しい思いが、植西先生からにじみ出てくる。
多くの人が語る「植西先生」という言葉の後ろからは、ハートマークが飛び出していた。
文章を書くと、堅い硬い文章になるのが常だった。
「植西先生、先生は文章が下手ですね」
ぼくは、そう言ってしまったことがある。
「東芝君、ぼくは中学校の国語の先生やったんやで。にあんたにああ言われて、ぼくはトラウマになったよ」
笑いながら何度もそう言われたことがあった。
よく電話がかかってきた。携帯に出ないと、自宅の固定電話にかけてくる唯一の人でもあった。
「今から話しに行ってもいいか」
そう言って、事務所にやってきたことも多かった。
癌を患い、余命宣告されたことをみんなに公表し、元気が回復すると車で動き回り、体力が衰えてからは、街頭宣伝では椅子を持って来て坐り参加を続けた。憲法9条を守り、平和を維持することを、植西先生は、人生の晩年の生き方に据えた。ぼくは、この人の言葉をたくさん聞かせてもらった。
「ああ、すっきりした。東芝君、聞いてくれてありがとう。元気が出た」
そういって、ソファーから立ち上がった先生は、ある時期から頭にバンダナを巻くようになった。
釣りのヤッケを普段から着て、痩せた体で事務所に入ってきた。黄色い車がいつのまにか、先生のトレードマークになり、黄色い車があれば、「あれ、植西先生か」と思うようなことが多かった。
2015年に自民党は集団的自衛権を行使しても憲法違反ではないと言って、安保法制を強行採決した。それから11年。植西先生は、この方向転換がもたらす危険な動きと正面から向き合い、憲法9条の旗を高く掲げた。体が言うことを聞かなくなり、事務局からも身を引いて、新しい体制で動き始めた9条連絡会の新しい動きを、十分伝えられないなかの逝去となった。
ぼくは、植西先生の遺志を継いで生きていきたい。
恒久平和の旗を掲げ、憲法9条を守ることが、日本の平和を維持することになる。この思いの中には植西先生の遺志も込められていることを忘れない。
ご冥福をお祈りします。









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