ホームにて
うたた寝後、新聞配達にそのまま出た。外は寒いほど涼しかった。8時過ぎに見た月は、東南の山の上に浮かんでいて、小さかったのに、2時半過ぎに西の空に浮かんでいる月は大きかった。
自宅に戻ってから、YouTubeで中島みゆきさんの「ホームにて」を検索し、いろいろな人のカバーを聴いた。歌のうまい人もいたが、何人かの曲を聴いた後、中島みゆきさん本人の「ホームにて」を聴いた。泣いてしまった。
なんだろう。この違いは。
1977年のこの歌が、1976年以前の情景を歌っていた可能性は強い。中島さんが25歳のときに世に出された歌だが、国鉄が汽車を全国的に廃止したのは1976年だった。「ホームにて」は「わかれうた」のB面に収録された曲だった。
ぼくはこの曲を聴くと、どうしても川端康成さんの『雪国』の冒頭からホームに着いた汽車と「駅長さん」という台詞が浮かんでくる。中島みゆきさんが歌った「ホームにて」の季節はいつなんだろう。秋の澄んだ空気の中の夕方だろうか。黒い機関車と青い客車、空色の切符は、比喩ではなく現実に存在した情景だった。
駅長が街中に叫ぶ声は、田舎町の駅舎を描いている。彼女の住んでいたふるさとは、このネオン街の少しある田舎町よりもさらに田舎だったのだと思う。ふるさとを離れて、歌手になることを夢見て都会を目指した女性が、田舎町の場末のネオン街で、酔客を相手に歌を歌っているというようなドラマが、頭の中に浮かんでくる。かざり荷物をもった、ヒールを履いた女性が、コートを着てボストンバッグを持って駅に立つ姿が目に浮かぶ。かざり荷物を振り捨て、ヒールを履いた足で走ったら汽車に乗られるのに、そうしないで、ネオン街に戻っていく姿が浮かぶ。彼女は何年、こういうことを繰り返したのだろう。
情景が浮かぶという意ことは、妄想がかき立てられるということでもある。
「ホームにて」は、多くの人の心を揺さぶり、帰る場所であるふるさとを思い起こさせたり、帰る場所でなくなったふるさとを渇望させてきた。歌は、人々の人生に寄り添う。その歌を聴いたときの情景も合わせて人は歌を思い出す。一番目のさびであり、2番目の冒頭の歌い出しである歌詞が、ゆるやかな時間の流れを紡ぎ出し、情景がスローモーションの中に浮かんでくる。










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