【かつらぎ町】介護保険は住民の幸せにつながっているだろうか
今日最後、会えなかった同級生に電話した。地域の選挙準備の動きも活発になっているようだ。地域に対する割り当てがあるのだという。複数の地域でそういう形がまだありそうだ。そんな風にして巻き込まれている地域は負担が重い。
訪問でお会いした人が、「東芝さん、もうあたし、あかんわ」という言葉を何度も口にした。一人暮らしでホームヘルプサービスを受けている女性から出た言葉だった。この言葉が胸の中から消えない。介護保険が始まってから26年目だと思う。介護の認定基準を厳しくし、介護保険サービスを縮小し、在宅での看取りを強調しはじめている。この流れの中で国民は苦しんでいると思う。
介護の安心と安全はない状態だと思う。介護サービスが充実し、低額な保険で豊かな老後を保障する仕組みを作るために介護保険が導入されたのではなかったのか。今の現状は、介護のなかった時代よりは大きな進歩、改善が行われているとは思うけれど、決して介護を受けている側も、介護を行っている家族も、あんまり幸せになっていない。むしろ、介護保険による負担に苦しみ、不十分なサービスに苦しんでいる。この現状を変えたいと思う。訪問をして、このような気持ちをもったことを大事にして、介護問題に向き合いたい。









ディスカッション
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所謂日本型福祉社会論というものがありました。企業が終身雇用保障、企業福利発達によって、生活保障の役割を果たしていた。また家族が重要な役割を果たしていた。しかし終身雇用が崩壊、多大な非正規雇用を生んだ。女性の社会進出により、女性のアンペイドワークにも期待出来なくなった。家族が社会保障の含み資産とは言えなくなった。
また福祉国家は量的質的限界に直面。先進諸国はかつてのような経済成長を望めなくなった。国民負担率、租税負担と社会保障費の合計を国民所得で割ったもの。潜在国民負担率、国民負担率の分子に国と地方の財政赤字を加えたもの。を、抑え込もうとする動きが出て来た。また福祉国家は官僚主義の性格が強く、画一主義的サービスが問題となる。またパターナリズムにより、利用者に対して、支配的立場に立つ。画一主義的サービスが、現在の介護保険サービスの不十分さとなって現れていると思われます。国民負担率を抑制する動き故に、介護保険サービスの拡充が図られない。女性の社会進出により、家族のケア機能は衰えている。此れ等の打開策としては、NPO等の参加を含む福祉多元主義への進化ということになる筈ながら、前述経済成長の鈍化から、介護保険サービスを寧ろ抑え込もうとする動きが出て来るようなのです。
(武川正吾「福祉国家と福祉社会」参考と引用)