『Tシャツが乾くまで』

雑感

金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』を夫婦で楽しんで観ていた。会話によって話が重なっていくドラマだった。脚本を手がけたのは生方美久さん。まだ33歳の人だ。この人はどういう人生を歩んでいるんだろう。人の心の動きをどう捉えているんだろう。人間の多面性を豊かに、柔らかく捉えることに、唸りながらドラマを見ていた。

「こんな脚本がなぜ書けるのだろう」
次第に思いはここに収斂していく。テレビドラマの全てがそうなんだけれど、俳優は具体的な仕草や行動によって、登場人物の心の動きを描いて行く。心の内をすべて独白してくれるようなことは少ない。一人のときも、カメラが寄り添ったり、突き放したり、もしくは隠し撮りのようなアングルで捉えてみたりしながら、俳優の演技を映し出す。カメラの視点によって、さらにそこに加えられる音によって、あたかもそのカメラが意思を持っているかのような演出ができる。サスペンスのカメラワークとホームドラマの家の中のカメラワークは違う。言えるのは、明らかにカメラは俳優の第一発見者だということだ。寄り添うようなカメラワークもあれば、突き放すようなカメラワークもある。カメラワークは客観的に見えて、そこには主幹が宿る。

ここに俳優の演技が現れる。撮影現場の生の演技を目の当たりにしている人々は、カメラを通じて演技を観ているぼくたちとは、全く違う感じ方をしていることも多いだろう。俳優の天才的な感情の表現の仕方が、目の前で展開されていくのが、鳥肌が立つほどリアルではないかとも思う。俳優の人たちは、後日、自分が演じた姿を映像として見ることになる。自分の演技のカメラによる写し方によって、「私の演技はこう捉えられたんだ」ということも多いだろう。もちろん、自分の演技の不十分さや課題を思い知らされることもあるだろう。

ぼくは、テレビの画面を通じて作品を観る、単なる視聴者の一人だけれど、作品から受け取るものは、人生を少し変えたり、生き方を少し変えるだけの力をもつものだと思っている。今回の『Tシャツが乾くまで』は、シナリオを手に入れて、会話の展開の仕方を学んでみたいと思った。カメラワークを意識しながら文章を書き、文章の中に登場人物の行動や心の動きを描き出したいと思っている。描きたい文章は三人称無視点。テレビや映画のように、主人公であっても内面は描かないという描き方だ。それでいて心の動きが違和感なく文章を通じて現れてくるという描き方をしてみたい。もちろんテレビや映画のように、登場人物の思いがよく分からないようなカメラワークも多用したい。

登場人物の視点のないテレビドラマや映画は、読み取ることのできない謎が数多く残る。それを楽しんでいる演出も多い。実はあのシーンのこの行為は、後編のこの台詞とつながっておりという形で、伏線の回収が行われたりするが、全ての伏線が回収されるわけではない。そこに内面を描かないテレビドラマや映画の面白さがある。これを文章表現として試してみたい。

生方久美さんの『Tシャツが乾くまで』の脚本を収録した本は11月発売だったので予約を入れた。忘れたころに届く本。健康のまま受け取りたい。

雑感

Posted by 東芝 弘明