笠田学童保育のオープンセレモニー

出来事

10時から笠田学童保育のオープンセレモニーが開催されたので、来賓として参加させていただいた。建物は綺麗だった。当たり前だ新築されたんだから。大きなホールは真ん中で仕切れるようになっていた。
「ここに畳を敷いて二つに分けるんです」
指導員のKさんはそう説明してくれた。
子どもたちのはじけた声が聞こえてきそうだ。玄関から廊下を2つ左に曲がると一番奥にトイレがあった。男子と女子、多目的トイレが設置されている。この3つのトイレがあれば、全ての性自認の人にも対応できる。トイレの便座はTOTOのウオッシュレットだった。もうこういう時代なんだろうなと思った。

町長と来賓の議長と県会議員のあいさつの後、代表理事の阪本さんからあいさつがあった。阪本さんは、あいさつの最初に指導員のみなさんがいて、学童保育が成り立ってきたことを語り、感謝の気持ちが述べられた。
子どもがいて、指導員がいて成り立っている学童保育。建物も大事だけれど、この人間関係によって学童保育は成り立っている。それは保育園も幼稚園も小中学校も同じ。この人間関係の中に、保育があり教育がある。

同窓会は、この人間関係が大切なものだったことを再確認する場になっている。学童保育も大人になった学童の子どもたちが集まる機会があっていいだろうと思った。
子どもたちが建物に入って、真っ先に見に行ったのがトイレだったという話が紹介された。その中で学童に来ている子どもたちは、旧幼稚園のくみ取り式のトイレに対して、誰も一言も嫌だと言ったことがなかったことが紹介された。子どもたちの気持ちが伝わってくる話だった。
学童保育がスタートしたのは2000年。阪本さんの自宅から始まった学童保育は、かつらぎ町の小学生を支えるものになり、なくてはならない存在として発展してきた。施設が新しくなり、公設民営の施設として制度が確立し、ひまわりキッズも指定管理者として再スタートする。この仕組みに切り替えてくれたのは中阪町長だった。安定的に管理運営されるように。保護者の負担も少しでも小さくなるようにという思いが、この仕組みの中に流れている。学童保育がこの仕組みの中でさらに発展することを願っている。
元議員だった中畑光雄さんは、長く会長を務められ、役場との橋渡しをされてこられた。式典では中畑さんへの感謝状が渡された。中畑さんは、子どもたちに習字を教えに来てくれていたことも紹介された。

心地よい時間を過ごさせていただいた。式典が終わってから、空気の少し冷たい、春の日差しの中に立っていると笠田小学校の木村校長先生と目が合って、小学校の話を聞かせてもらうことになった。娘の担任だった木村先生は、会うと娘の話をしてくれる。
「話したいことがあったら学校に来てと伝えて下さい。話を聞かせて」
と言って下さった。
この話を娘に伝えるだけで、娘の支えの一つになるだろうなと思いながら、樟と子どもの姿が描かれた学校のレリーフを見た。

帰り際、駐車場の北の西の端にある樟の子どもの木と樟を写真に撮った。娘たちが卒業したときの記念植樹が樟の実から育てられた木だった。この木を残して下さいとお願いした娘たちの絵は、記念植樹されるまで校長室に飾られていた。
この学校を卒業した子どもたちが幸せでありますように。


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出来事

Posted by 東芝 弘明