目的地に早く着く時代になった

雑感

午前中、自宅の掃除をして12時に家を出た。和歌山まで。県庁の少し向こうに着いたのは12時47分だった。京奈和と高速を使うと50分弱で着く。10数分の違いは思っている以上に大きい。自宅から橋本市の隅田まで40分かかり、林間田園都市駅まで40分かかっていた。それが隅田までは20分弱。林間田園都市駅までは20数分で着く。移動の負担は小さい。便利だ。

最近思うのは、こうやって道路が便利になって移動がしやすくなっても、一向に社会全体は発展しないということだ。道路が地域活性化の条件になる場合はある。しかし、道路だけが良くなっても地域は発展しない。道路の改善は地域発展の必要十分条件ではない。まちづくりにとって、道路のもつ位置は今も大きいと思うが、その道路ができることによって、さらに何が生まれてくるのかを合わせて考えないと、まちづくりのプランにはならない。便利な道をつくったとしても、その道によって何が生まれるのか、何を実現するのかをセットで考えないとうまくいかない。

かつらぎ町にとって京奈和自動車道の2車線化が何をもたらすのか。新しい河南への橋が何をもたらすのか。これができるから活性化が実現するという議論はもうやめるべきだろう。道路が便利になるのは一つの条件であって、それによって地域が発展するのではない。むしろ簡単に通過されてしまい、何も残らないことも考えるべきだろう。かつらぎ町に滞在して楽しんでもらったり、かつらぎ町に住んで生活してもらうことを通じて、幸福度が上がるようなことを考えないとまちづくりにはならない。

賃銀の引き上げと労働時間の短縮が、与えるインパクトを考えるべき時代に入っている。人間の生活のより根本的な条件の改善こそが、日本社会の発展の根底に座るべき。小泉改革以来、最も破壊してきたものを改善することなしに、日本の発展はない。


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雑感

Posted by 東芝 弘明