笠田高校の卒業式

出来事

笠田高校の卒業式に、学校評議員として出席させていただきました。36年前に卒業した笠田高校の講堂に足を踏み入れて、来賓として座ったのは初めてのことです。3年前、娘の小学校の卒業式の時に笠田高校の講堂を使わせていただき、PTAとして挨拶もしたけれど、高校の卒業式は、まったく違うものでした。

卒業生は、総合ビジネス課1クラス、情報処理課1クラス、普通科2クラスの4クラスでした。久しぶりに聞いた校歌には、心が震えました。若い生徒たちの声を聞いていると自分の若い頃が思い出されました。
記憶をたどろうとしても、笠田高校の卒業式のことは全く覚えていません。拍手に包まれて入場したり、名前を呼ばれて返事をしたり、校長先生や教育委員会の話や来賓の方々の話を聞いたはずなのに、全く記憶にありません。鮮明に残っているのは、卒業式が終わった後、教室に入って先生と最後の話をしたことと「仰げば尊し」を歌ったことでした。

卒業式の話の中に登場したのは、スティーブ・ジョブズと勝海舟、坂本竜馬、羽生結弦、葛西紀明、イチローです。有名な人々の言葉を引いて、挨拶に入れるのはよくあることです。こういう話が難しいのは、文章の中に引用を盛り込むのと同じです。格言や有名な方の言葉を文章に引用するときに気をつけなければならないのは、引用していない部分の文章が、引用に負けないような内容を持つ必要があるということです。引用した話が輝いていても、語り手が輝く訳ではないということです。

校長先生は、スティーブ・ジョブズの言葉を紹介しました。Appleの創業者の一人であるこの人は、死後、多くの自伝的な本が出版され、コンピューターを通じて世界に革命を起こした人物として注目された人です。
「あなた方の時間は限られています。だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。ドグマにとらわれてはいけない。それは他人の考えに従って生きることと同じです。他人の考えに溺れるあまり、あなた方の内なる声がかき消されないように。そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。ほかのことは二の次で構わないのです」

この言葉は、2005年6月に行われた米スタンフォード大学の卒業式でのスピーチの終わり頃の言葉です。ジョブズは、自分が膵臓ガンにおかされたこと、しかし、手術可能なガンであることが分かったことを語った後で、「死はたぶん、生命の最高の発明です。それは生物を進化させる担い手。古いものを取り去り、新しいものを生み出す。今、あなた方は新しい存在ですが、いずれは年老いて、消えゆくのです」と言いました。この言葉の後に、「あなた方の時間は限られている」と言い、引用したようにスピーチしたのです。ジョブズの「本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください」という問いかけは、死に直面した人の切実感に支えられたものでした。

ジョブズは、この言葉どおり生きたことによって、Appleを一度追放されています。追放されたジョブズは、ネクストとピクサーを作って追放の試練を乗り越え、やがてAppleにネクストが買収されるという形をとって、Appleへの復帰を成し遂げ、CEOに就任します。ここからの変化は、Appleの奇跡的な成功の連続でした。iMacを作り、Macintosh全体を大改造し、MacOSXという形でOSに革命を起こし、音楽とコンピューターと映像とを結びつけるデジタルハブの構想を打ち出して、Appleを世界一のIT企業への発展させました。

自分の信じた道を歩け、「自分の心と直感に従う勇気を持て」という考え方は、追放と復帰をへて柔軟に復活を遂げたように見えます。この考え方によってジョブズは追放され、この考え方によってジョブズは復帰を果たし、大成功を生み出したということです。復帰後のジョブズは、この考え方を極めて柔軟にしなやかに具体化したということでしょう。

笠田高校の卒業式は、「蛍の光」を歌って終わろうとしました。
「ちょっと待ってください。ぼくたちに少し時間をください」
男子の大きな声が聞こえ、舞台上に男子と女子の代表が7、8人立ちました。
「卒業生回れ右」
次の男子が、先生方に感謝の言葉をかけました。
「ありがとうございました」
卒業生全員の声が講堂いっぱいに響きました。在校生には、愛に溢れた笠田高校の伝統を受け継いで欲しいという気持ちが伝えられました。
最後に、保護者の方々に、子どもたちである卒業生が語りかけました。
「今までいっぱいわがままを言ってごめんなさい。これからもまだまだ迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。今まで育ててくれて本当にありがとうございました」
あわせた声に涙声が随分混じっています。
子どもたちが、真正面から親に向かって感謝の言葉を大きな声で語られたら、親は溢れてくる思いで胸がいっぱいになると思います。
卒業生を送り出す拍手は、長く続きました。涙をためた18歳の若者の姿は、綺麗に見えました。男子も女子も。

講堂の外に出た卒業生と保護者には、笑顔が溢れていました。前校長先生の姿を見て歓声が上がり、ハグをする生徒もいました。
3月はじめの冷たい風は、36年前の卒業式と同じようでした。この冷たい空気は、別れと旅立ちの日を象徴する舞台のようでした。


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Posted by 東芝 弘明