公の施設に対するおかしな動き

雑感

公の施設に対して、町が地元に一部負担金を求める動きも進み始めているようだ。一部負担金を求める動きは、旧隣保館に集中している。地元の中には、この負担金を受け入れる動きもあるのだという。
かつらぎ町は、隣保館という制度を活用して、部落問題の解決のために施設を建設し、問題の解決のために努力してきた。各地域の隣保館が同和問題の解決のために果たしてきた役割は大きい。配置された職員が住民と一緒になって解決のために汗をかいてきた努力が今につながっている。
部落問題は、明治以降も解決が図られなかった封建時代の旧身分制度が生き、実態的な差別が厳然と残されてきた問題だった。明治、大正、昭和の時代になっても、部落問題における厳然たる格差と差別は、国民の政治的経済的な支配を維持するために利用されてきた側面があった。被差別地区における住民の低賃金問題は、国民全体を低賃金に押し込める一つの要因にもなっていた。国民主権の実現していなかった明治憲法下においては、部落問題を解決する展望はなかったといえるだろう。
国民主権が実現した現行憲法下で部落問題の解決が展望されたのは、いわば必然的な歴史の流れでもあった。部落問題の解決の柱に基本的人権の保障が据えられたことは、極めて重要なことだった。言い替えれば、基本的人権の保障が確立してはじめて部落問題の解決の展望が開かれたともいえるだろう。

部落差別は、地域の劣悪な住環境、経済的格差、低賃金、不安定雇用などの実体的な状態を土台にして、学力格差、就職問題、結婚問題、差別意識などさまざまな問題が複雑に絡まり合っていた。同和対策事業は、実体的差別の問題と差別意識の問題を把握して、住環境の整備などを同和対策事業として立ち上げ、これと並行して、経済的格差を解消するために識字学級や雇用対策、子どもの学力向上や生活改善に取り組んできた。
かつらぎ町の場合、これらの事業に役場が取り組み、隣保館は地域住民の生活向上のために、極めて重要なセンターとして活動してきた。
その結果、かつらぎ町では、同和問題を意識しないところまで改善が進み、地域への混住も自然に進みつつある地域も見られるようになった。こういう到達点の中で隣保館が廃止され、公の施設として新たな一歩を踏み出した。

にもかかわらず、このあらたな公の施設に対し、住民に一部負担を求める動きが井本町長を軸にすすめられている。
旧隣保館は、特定の地域にある特別な館ではない。旧同和地区は、制度上も廃止された。残っている問題は、公の施設が地域に偏在しているということだろう。地域における偏在は、旧隣保館だけの問題ではない。かつらぎ町の施設は、児童館のようにかなり偏在している例がある。問われているのは、公の施設の今日的な活用のあり方だろう。中には用途を廃止して普通財産に変更することが求められるケースもあるだろう。

同和問題の解決のためにかつらぎ町は、隣保館を活用してきた。6つの地区には隣保館があったが、これらの建物は、新しい位置づけを持って新たな出発地点に立った。笠田東町民会館は児童館になり、佐野住民会館は笠田公民館の佐野分館になった。他の隣保館は、地域交流センターとして再出発した(四郷小学校も地域交流センターになった)。しかし、町長は、これらの旧隣保館を他の公の施設とは区別し、集会所的に活用している部分については、一部負担金を求める姿勢を示した。公の施設である児童館や公民館、地域交流センターに対して、使用料規定にはない一部負担金を住民に求めることはできない。一部負担金を条例にうたうこともできない。もし、使用料と平行して一部負担金を条例化しようとしても、条例内で整合性が破綻してしまう。集会所として使う場合に使用料がいるというのであれば、住民は使用料を負担すればいい。
公の施設の管理は、自治体による直営ないし民間による指定管理以外に方法はない。住民が管理するということになれば、指定管理以外に方法はない。古い建物が、集会所としてしか機能していないのであれば、公の施設という用途を廃止し、普通財産にして地域住民に貸し出せばいい。そうすれば指定管理も必要なくなる。これらの原則をふまえて解決できない地方自治体というのは、地方自治体の名に値しない。

現時点で一部負担金を求める対象の施設は、旧隣保館と西渋田児童館だといっている。実は、かつらぎ町の公の施設の中で、地域が集会所的に使っている施設は多い。これらの公の施設である集会所には、かつらぎ町は補助金を支給しているが、それを上回る維持管理費は、地元に負担させている。
かつらぎ町が、公の施設をこのような形で維持管理していること自体、多くの問題をもっている。旧隣保館だけの問題ではなくて、かつらぎ町にある多くの公の施設の管理形態を法律の精神に基づいて、解決を図ることが求められている。しかし、この問題は、複雑な問題ではない。事態を複雑にしている責任はかつらぎ町にある。大変なのは住民との関わりがあるので、解決するのにはかなりの労力と時間が必要になるということだろう。

ぼくは、公の施設の問題を、法律をふまえて解決するよう議会で指摘しつつ提案を行ってきた。3月議会で井本町長は、旧隣保館に対する一部負担について、「見直す」という答弁を行った。しかし、どうも事態は一部負担金を求める方向で動いているらしい。
旧隣保館問題だけを取り出して、一部負担金を求めることは、公の施設の整理にはつながらないし、問題の解決にはならない。
おかしな方向に動くのであれば、是正を求めて動かざるを得ない。


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雑感

Posted by 東芝 弘明