かあさん

雑感,文学

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1986年12月3日の民青新聞に載った詩は「かあさん」だった。選者だった門倉さとしさんは、2009年に亡くなられた。数年間というわずかな期間だったが、投稿した詩を読んでいただき、講評していただいたことに感謝している。当時のぼくは、一人で暮らしていることへの寂しさが増してきて、それをパソコンという世界に逃げて穴を埋めた結果、詩が書けなくなっていった。投稿した最後の詩でそのことを見抜かれたかのような指摘をいただいた。投稿しているだけなのに気持ちを見抜かれたことが今でも忘れられない。

ぼくの母は、ぼくが17歳、高校2年の2月14日に亡くなった。父が亡くなってから子ども3人を育てていた母は、自分の死を見つめながら子どもたちの行く末を考えていた。ぼくは母のそんな思いをほとんど受け取れていなかった。自分の娘が15歳になり、母の年齢を超えた自分がいる。親の歩いた道を子どもも同じように歩いて行く。母の人生は短かった。

かあさん

          和歌山 高峰はるか

かあさんの残した三冊の
日記と短歌と俳句の
ノート
かあさんは
ガンに蝕まれ
砕けていく骨の痛みに耐え
この三冊のノートに
二〇歳の頃の戦争と
ぼくたち子供らのことを
書いたのですね

酒で死んだとうさんに
「子を私に託した君よ
なぜ我が身を守らぬか」
と訴え
二〇歳になったにいちゃんに
「この子にあとをまかせられる」
と安心した
かあさん

ぼくが中学二年の時に
発病し
四年間
ベッドの上で闘い続けたのですね
四年ももったのが不思議だ
といったドクターの言葉が
ぼくの耳に残っています

かあさん
二〇歳の年
すでに
小学校の教壇に立ち
疎開してきた子供たちを教え
とうさんが亡くなってからは
小さな山奥の小学校に勤め
ぼくたち三人の子を育てた人

時代小説が好きで
短歌と俳句を詠み
八月が来るたびに
戦争を思い出し
保守的な村で
古くから労働組合の活動をし
早くから共産党を支持した
かあさん

ぼくと妹に
カチカチ山やぶんぶく茶釜や舌切りすずめの話を
本をちらりとも見ないで
なめらかに話してくれた
かあさん
疎開してきた東京の女の子や
空襲のことなどを
物語のように話してくれた
かあさん

くせのある髪をあまりとかず
化粧などせず
働いた
かあさん
キッと口を結んでぼくを叱った
かあさん

ぼくは
今でもかあさんのノートを
読みかえします
ガンはかあさんから
話す力をうばっていきました
かあさんのノートは
語れなかった思いを記しています
美しかった字が
しだいに崩れ
崩れたぎこちない字で
ノートは書き続けられています


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雑感,文学

Posted by 東芝 弘明