広域ごみ処理施設の1ヶ月後

未分類

広域のごみ処理施設の視察に行ってきた。前回は、建物の中から状況を見ただけだったが、今回は、実際の処理の現場を見せていただいて、現状を確認してきた。
破砕機の羽根がこわれて、破砕選別機が止まっていた。
人口10万人弱の伊都郡と橋本市で、この施設に何かトラブルがあったらごみはどんどん増えていく。
かつらぎ町の分別システムを参考にシステムをつくった結果、現在有償で引き取ってもらっているのは、焼却灰(飛灰プラス焼却灰)と有害ごみ(蛍光灯、電池)だけで、ビン、缶と鉄類(スチール、アルミ:破砕選別したものもお金になっている)、古紙、その他プラ、ペットボトルは全て販売できているという(なるほどと思って帰ってきたが、これを書きながら少し疑問がふくらんできた)。
かつらぎ町がおこなってきたきめの細かな処理はできていなかった。
味ぽんなどのビンについているプラスチックの取り外し、ビンの徹底した手選別、生きビン(ビールビン、一升瓶)の選別などはおこなわれていなかったので、東洋カレットの方からも意見が出ているようだった。
人口10万人規模のごみとなると、どんどんごみが投入されてくるという事態にある。
一番苦労しているのは、その他プラのごみだった。まず問題なのは汚いということだった。匂いがきつくハエが発生している。手選別のコンベヤー式の作業台で作業をしていると匂いでくらくらしてくるという。
食品の汁や食べ残しが入っているとものすごい匂いがするし、そういうプラスチックは、容器包装リサイクルの流れに乗せることができない。結局、いろいろなものが付着している汚れたプラスチックは、手で分けることになる。
しかし、前回見たときも現在の状態では手選別をしきれないだろうなと感じていたが、やはりそのとおりで、一部焼却処理にまわしているという話だった。
プラスチックを洗って出すことの意味を分かっていない人が多いようだ。洗って出してくださいという指導はしている。でも意味が伝わっていないので、不十分さが蔓延している。
その他プラは、ごみを出すという感覚ではなく、資源として、家庭から出すという感覚が必要だろう。
生ごみとプラスチックごみは、全く別物だということを住民に伝えていく必要がある。その点では、その他プラとペットボトルについては、呼び名からごみという言葉を外して、リサイクル資源として位置づけて収集する必要があるだろう。名称の変更については、また議会で提案したい。
1か月稼働した段階で、全体の状況を把握するのはまだ難しかった。試験運転期間中なので、立ち上げや停止なども繰り返されていて、機械の調子を見ながら操業されていた。
粗大ごみの多さにも驚いた。
リサイクル工房の部屋にはまだ何も入っていなかったが、部屋は小さい感じがした。
ここでどのようなリサイクル、再生がおこなわれるのか、楽しみでもある。
住民が、自分たちでどのようなごみを排出しているのかを知ることは非常に重要だと思う。
ごみ問題は、生涯学習のテーマであるし、小学校、中学校、高校でも学ぶべき内容を持っている。人間の生活が、どのようなごみを、どれだけ排出しているのか知ることが、文明を考えごみ問題を考えるきっかけになる。
しかし、この新しい施設が、リサイクルのシステムの中で最初から運営され、販売金額も住民に知らせるとともに、ごみを排出した自治体に還元されていくシステムを実現したことは評価に値すると思う。
立ち上げの時期から稼働のプロセスを把握していくことの意味は小さくない。安定稼働に至るプロセスそのものは、まさにその施設の発展の道筋そのもの。この流れをつかむことが、今後の発展をも保障する。


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 和歌山県情報へにほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へにほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

未分類

Posted by 東芝 弘明