『コンビニ人間』──もやもやした新しい視点

文学

文藝春秋9月

嫁さんと2人でエバグリーンに買い物に行ったときに、何気なく雑誌コーナーに立った。一番前列の下段の端に文藝春秋9月号という分厚い雑誌があった。「芥川賞発表受賞作全文掲載」という赤字で印字された文字が、文藝春秋という題字の下にあった。レジに並ぶとスーパーのビニール袋に文藝春秋を入れてくれた。「雑誌も食料品と同じ扱いなんだ」という感覚が新鮮だった。この本を地区常任委員会主催の合宿に持って行った。
2日目の朝、5時間ほど寝たところで目が醒めたので、古民家の縁側に腰掛けて、受賞作の『コンビニ人間』を読み始めた。ある人が、感想にかなりの筆力だという意味のことを書いていたので、読むのが楽しみだった。読み始めるとコンビニの世界が新鮮に描かれていて、読ませる作品だなと思った。子ども時代の「私」のエピソードに笑ってしまった。
読み終わったあとで選評を読んでいると、何人かの作家が”芥川賞の選考で初めて笑った”という意味のことを書いていた。最後まで読み手を引っ張る力をもった作品だった。

子どもの頃からまわりとは違った反応の仕方をすることによって、両親を困らせていた「私」は、次第に無口になり、友だちのいない少女になっていったが、大学生になり、コンビニでアルバイトをするようになって、コンビニ会社が作ったマニュアルどおり仕事をする中で、ようやく社会の部品の一部になったような感覚をもつようになった。「私」は、アルバイトを始めた学生時代から36歳になるまでの18年間、同じ店でずっとアルバイトを続けて一人暮らしをしている。物語はここから動き始める。

この作品は、コンビニという日本全国に溢れているお店を舞台にして、人間の生きる姿を「私」の視点で具体的に描いている。社会に溶け込めない自分をいわば無にして、マニュアル化した仕事に合わせることによって、独特の自分を何とか社会の一員である部品にするために、「私」はひたすら一生懸命働いている。マニュアルどおりの仕事というのは、機械的な感じを普通は与えがちなのに、この作品では、マニュアルどおり仕事をすることが、社会に受け入れられ認められる唯一の方法として描かれている。このようなとらえ方が新鮮だった。
作者は、この「私」の異常さを突き放して描いている。同時に「私」をとりまく普通の人々が、どのような物事に対しても、無個性な疑うことを知らないものの見方、考え方をしていることを「私」の異質性と対比するかのように鮮明に描いている。みんな精一杯に生きているのに、どちらにも異常なものが宿っているように見える。

同質性を求める日本社会の息苦しさが、作品の中から伝わってくる。マニュアル化した仕事に入れば、どのような人間でもマニュアルに染まりつつ部品の一部になる。マニュアルにはそういう力があるのだけれど、同時に服装やしゃべり方などは、相互に影響を与えあっている。発する言葉のイントネーションが相互に影響しあっていることが繊細に描かれている。その中にアルバイトの白羽が入ってくる。彼はコンビニのマニュアルに染まりきれずアルバイトを首になる。この30代の元コンビニアルバイトだった白羽という男性は、務めていたコンビニの前でぬーぼーと立っていたところを「私」に呼び止められ、ファミリーレストランで話し込んだことをきっかけにして、「私」と同居するようになる。
白羽は、自分が社会からはじき出されていることを自覚した人間で、自分の意識の外にある世界に対して怨みを抱いて、たえず批判めいた言葉を発している。白羽は、「誰にも迷惑をかけていないのに、ただ少数派というだけで、皆が簡単にぼくの人生を強姦する」と言う。この言葉にも、現代社会の有り様が映し出されている。

18年続けていたコンビニを辞めた「私」が、もう一度コンビニのアルバイトをしようと思うところで作品は終わっている。しかし、話はここから第二幕が始まるような感じがした。「私」が抱えている問題は解決したとか、展望が開けたというものではない。自分はコンビニ店員としてしか生きられないということを再確認したに過ぎない。

このような話をちっとも深刻にならずに、ユーモアを漂わせて描いた作品に親しみが湧いた。
議員であるぼくなどは、社会の問題をさまざまな角度から具体的に考えたりするのだが、『コンビニ人間』は日本社会の問題を考える新しい視点を投げかけているように感じた。この作品は、もやもやした新しい問題意識を残してくれた。鮮明な問題意識でないのがいいのかも知れない。ここから新たなものの見方が始まる。新しい視点でものを考えるようになる。『コンビニ人間』は、そういう予感を残してくれた作品だった。


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Posted by 東芝 弘明