臨時召集令状を支えていたシステム

雑感

「中国人を何人殺したか分からない」
斥候だった父は、ぼくの従兄にこういう言葉を残している。
臨時召集令状(赤紙)によって戦場に赴いた父親は、どのような道をたどって、平気で人を殺せる人間になったのだろうか。

娘は、大学の課題として臨時召集令状(赤紙)を復元するために、『赤紙と徴兵: 105歳最後の兵事係の証言から』という本を買って、臨時招集というものがどのような仕組みによって、組み立てられていたのかを調べている。
臨時召集令状というのは、平時の召集とは意味が違っていたようだ。招集の対象は、兵役検査を受けた17歳から40歳までの男子だった。戦況が悪化した第2次世界大戦の末期、招集の対象は45歳まで引き上げられたという。
多くの国民は、召集令状が届いたら、疑問を抱かずに赴任しているという。兵役検査で甲種合格となったときは「嬉しかった」という証言もある。
父は、戦争が終わったとき27歳だったと思われる。4年の戦争の期間、父はどのような場所で兵士として任務に就いていたのかはよく分からない。

少し調べると「軍歴確認書」を取ることができるという記述があった。県庁に問い合わせれば取れるというので取ってみようと思う。それを見れば、おぼろげながら父がどのような経緯をたどって兵隊になって、何をしたのか、もう少し分かると思われる。
新城に住んでいた頃、父親に対して銀杯のようなものが賞状とともに贈られたことがあった。それがどういうものだったのか記憶にないし、わが家にまだそれが残っているのかも定かではないが、それも確認したいと思っている。

娘は、赤紙を復元しようとする過程の中で、臨時召集令状とは一体何だったのか、そこには何が書かれていたのかを詳しく知る契機となった。歴史から学ぶという作業を、赤紙を再現する中で立体的に「体験」できたようだ。
物事というのは極めて具体的だ。当時の臨時召集令状というのは、どういう紙が使用されて、どのような形で印刷がなされていたのか。臨時召集令状にはどんな意味があったのか。娘は克明に把握できたようだ。赤紙の裏には、この紙を持っていれば、船や汽車の運賃が半額になるなどの記述がある。招集された兵隊は、赤紙を招集された証明書として活用し、運賃半額などの特典を受けて命令された場所に赴いたということだった。
臨時招集は、国の関係機関が臨時招集を命じたら、その日のうちに小さな村であっても召集令状が届くという仕組みがあったのだという。何時に役場に召集令状が届き、何時に受領され、何時にその事務が終了したのかを克明に報告する責任を負わされていた。命令が発せられたら、召集をかける人物が特定され、その日のうちに臨時召集令状が本人に届くという徹底したシステムは、調べた娘を驚かせた。

日本は、マイナンバーで国民を管理するような国になった。戦争ができる国に生まれ変わる過程の中で、このマイナンバーは、大いに活用されるようになるだろう(もちろん、戦争を遂行できるような法整備の中でマイナンバー法は何度も改正されると思われる)。一人ひとりの詳細な個人の人生が節目ごとに把握され、それに基づいて管理されて、召集命令が下るようになれば、現代版臨時召集令状は、命令が発せられたら数時間以内に本人に令状が届くシステムを構築できるようになるだろう。戦前、紙媒体で、しかも手書きで管理されていた時代でも、当時の国家は、克明に個人を把握できていたようだが、コンピューターに管理された現在では、さらに詳細に、さらに克明に国民を管理できるようになる。

憲法9条に3項を加えて、国際法上国の権利として認められている自衛権を明記し、自衛隊の存在を書き込むようになれば、日本は戦争のできる国に向かってより一層暴走の度合いを強めるだろう。国民主権と基本的人権は、恒久平和という枠組みがあってこそ、徹底的に保障される。恒久平和を放棄し、アメリカの戦争に参加できる国が実現したら、国民主権と基本的人権には、何らかの制限が加えられる。空気のように、当たり前に存在している自由が制限され、国による国民への命令が成立するようになる。
憲法9条と日本国憲法の前文が保障している自由は、国家権力の手を縛ることによって実現していた。国民への命令を実現するためには、恒久平和主義の中心にある戦争放棄、戦力不保持を破壊しなければならない。安倍政権による9条改憲は、国民の自由の侵害への最初の一歩になる。


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雑感

Posted by 東芝 弘明