高田地区にスクールバスを

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同級生の家を訪問すると家の奥から若い男性が出てきた。
顔には満面の笑顔があった。
「高田のTです」
彼は自己紹介してくれた。
同級生も出てきて、子どもたちと若い夫婦とともに玄関先がすぐにぎやかになった。
このT・Kさんは、6月にコメントを書いてくれた当人だった。その時は、乳幼児医療費の無料化への感謝とスクールバスの実現への要望が書かれていた。
「blogを毎日見てます」
初めて会うT・Kさんの声がはじけた。
「毎日」
というところに力が入っていた。
高田地域にスクールバスをという要求は、以下のような出来事から起こってきたものだと思う。
高田地域は、長年、路線バスに乗って学校に通学してきた地域だった。しかし、4年前のダイヤ改正の時にバスの時刻と学校の始業時間とが合わなくなり、バス通学ができなくなった。
那賀バスは、ダイヤ改正時にかつらぎ町の企画公室に打診をしていたが、かつらぎ町の企画公室は、教育委員会に連絡をしないまま、何の注文もつけずにダイヤ改正に応じてしまった。
4年前は、改正後住民が事態の重大性に気づき、町と連絡を取ったがダイヤの変更はできなかった。
企画公室は、かつらぎ町の建物の中で縮こまって視野が狭い、ということを痛感させられた事件だった。
ぼくは、ダイヤ改正事件を知らせてもらったのは、伊豆の伊豆多賀という駅のホームだった。
第24回党大会に代議員として参加したぼくの携帯が鳴り、電話を取ると相手は高田の同級生のKだった。
「スクールバスを実現して、移、高田、背ノ山、窪の子どもたちを乗せてほしい」
「改築委員会で議論するようにします」
T・Kさんの問いかけにぼくはこう答えた。
選挙に向かう時期になると、次第に脳みそに物事をとらえる幅みたいなものが無くなってくる。思考が単純になるというか、毎日の活動が次第に肉体労働になってくるので、疲労が蓄積してきて、物事が深くとらえられなくなってくる。
今日、こうして時間をかけてブログに書いておくことが、この問題への取り組みの出発点になるし、メモにもなる。
今日はそう思って、このブログを書いている。
T・Kさんの願いに応えたい。
そのためにも、議会にポジションを確保する必要がある。
さて。
今日の訪問先には、森に住んでいる住民の方にも会った。
オープンスペースとでもいうような部屋は、見渡していくといろいろなコーナーがある。
暖炉があり、暖炉の横には大きな薪ストーブがあり、90度向きを変えてみると目の随分先に大きな窓と森が見える。窓に至る途中、真ん中あたりにピアノが置かれており、ピアノの右奥には、本棚が据え置かれている。暖炉の対角線の一番先には、樹齢300年以上あったという木が、そのまま玄関先の柱として使われ、その柱の根元にはおとなしい茶色い犬が寝そべっている。木の柱の先にも森が見える。
「鉄筋コンクリートの校舎の中で育つのと、木造の校舎の中で育つのとでは、人間の感受性を育てるという点で、大きな違いがある」
この森の中の住まいの主である女性は、穏やかにそう語ってくれた。
「年に1回は雷が落ちます。昨日も雷が落ちてテレビのブースターが壊れました。雷が直撃すると白い光の中に包まれて気持ちがいい」
なんとも忘れがたい話も聞かせていただいた。
娘を連れて3人で訪問したい。自然とそう言う言葉が出た。


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Posted by 東芝 弘明