梅雨という季節に

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雨が降ったのを見て、喜んでいる人がいた。梅雨に入ってからほとんど雨が降らなかったので、恵みの雨がほしかったのだ。しかし、その雨も夕立程度だった。この降り方だと雨の量が少なすぎる。
農業は、天候に左右される。雨がほしいと思っても雨が降らない日が続くし、台風が直撃したらせっかく実りはじめた平種無柿がダメになってしまうし。
今年の梅雨は、どれぐらい雨が降るのだろう。田んぼに毎日のように雨が降り、そのあぜ道を毎日学校に通っていたのは、小学生のときだった。水田に水が満ちていて、カエルの合唱がものすごくやかましく響く。雨のつくる小さな水の輪が、何重にも重なって、歩きながら見ていても楽しかった。
小さな長靴、大きめの傘。背が低かったので、傘が歩いているように見えたかも知れない。
学校への道のりは、ほんの5分間程度だった。
梅雨の季節も印象的だったが、夏の盛りの成長した稲の端を歩いたり、秋の稲を刈った後の稲株の並ぶ田んぼを見ながら歩いたり、冬、雪が積もった田んぼの間を縫うように歩いたりしていた。
田んぼの中の一軒屋。夜、星を見上げると本当に降るような星空が広がっていた。天の川が帯状にくっきり見える空気の澄んだ日、銀河の帯は、空の天井に張り付くように見えていた。
自然は、生活を包んでいた。
人間は、自然の中にいた。
友だちの姿も学校も、緑の中にあった。


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Posted by 東芝 弘明