核兵器廃絶を求める力

雑感

峠三吉さんの詩を初めて読んだのは、高校生だったのか、それとも18歳だったのか。
この人の詩から感じ取ってほしいものがある。

八月六日

あの閃光が忘れえようか
瞬時に街頭の三万は消え
圧しつぶされた暗闇の底で
五万の悲鳴は絶え

渦巻くきいろい煙がうすれると
ビルディングは裂さけ、橋は崩くずれ
満員電車はそのまま焦げ
涯しない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島
やがてボロ切れのような皮膚を垂れた
両手を胸に
くずれた脳漿を踏み
焼け焦げた布を腰にまとって
泣きながら群れ歩いた裸体の行列

石地蔵のように散乱した練兵場の屍体
つながれた筏へ這いより折り重った河岸の群も
灼けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり
夕空をつく火光の中に
下敷きのまま生きていた母や弟の町のあたりも
焼けうつり

兵器廠の床の糞尿のうえに
のがれ横たわった女学生らの
太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
誰がたれとも分らぬ一群の上に朝日がさせば
すでに動くものもなく
異臭のよどんだなかで
金ダライにとぶ蠅の羽音だけ

三十万の全市をしめた
あの静寂が忘れえようか
そのしずけさの中で
帰らなかった妻や子のしろい眼窩が
俺たちの心魂をたち割って
込めたねがいを
忘れえようか!


仮繃帯所にて

あなたたち
泣いても涙のでどころのない
わめいても言葉になる唇のない
もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
あなたたち

血とあぶら汗と淋巴液とにまみれた四肢をばたつかせ
糸のように塞だ眼をしろく光らせ
あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
恥しいところさえはじることをできなくさせられたあなたたちが
ああみんなさきほどまでは愛らしい
女学生だったことを
たれがほんとうと思えよう

焼け爛れたヒロシマの
うす暗くゆらめく焔のなかから
あなたでなくなったあなたたちが
つぎつぎととび出し這い出し
この草地にたどりついて
ちりちりのラカン頭を苦悶の埃に埋める

何故こんな目に遭わねばならぬのか
なぜこんなめにあわねばならぬのか
何の為に
なんのために
そしてあなたたちは
すでに自分がどんなすがたで
にんげんから遠いものにされはてて
しまっているかを知らない

ただ思っている
あなたたちはおもっている
今朝がたまでの父を母を弟を妹を
(いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
そして眠り起きごはんをたべた家のことを


峠三吉は、広島で被爆した。28歳だった。彼は、朝鮮戦争が始まる中で、1951年、「ちちをかえせ」ではじまる原爆詩集を自費出版した。被曝して8年、36歳で病死している。彼の詩は、時代を超えて広島の被曝を克明に告発する力を持って、今を生きている。1963年、峠三吉が亡くなってから10年目、広島の平和公園に「ちちをかえせ」の詩碑が建立された。広島の原水爆禁止世界大会に参加したとき、ぼくはこの公園を歩き、この詩碑の前で手を合わせた。ひらがなで書かれた詩からは、人間のうめき声が聞こえてくるような感覚を覚えた。

峠三吉は、1949年、大喀血して入院した病床で日本共産党に入り、党員の詩人として原爆詩集を書いた人だ。彼にとって創作と党員であることは不可分に結びついていた。原爆詩集に収録され、今回紹介した「八月六日」が最初に発表されたのは、以下にあるとおり「原子爆弾をうけた広島」という写真集でのことだった。この写真集をアメリカの占領下にあった日本で発行するのは、覚悟のいることだった。この写真集は、日本人に対してはじめて原爆の恐ろしさ、悲惨さを伝えるものだったから、多くの人々に深い衝撃を与えた。「八月六日」という題名の詩を本名で発表した峠三吉の勇気を胸に刻みたい。

朝鮮戦争が始まると「アカハタ」の発刊は停止され、原爆反対は占領政策違反とされましたが、50年6月、党中国地方委員会はきびしい状況をついて、機関紙「平和戦線」第7号をだし、日本で初めて「原子爆弾をうけた広島」と題して惨状の写真を特集(5万枚発行)。三吉はこの紙面に「八月六日」という詩を本名で発表します。(「しんぶん赤旗」日刊紙 2006年8月5日)

核兵器廃絶は、難しい国際政治のバランスを背景にした問題になっているが、そんなところに本質があるとは思えない。峠三吉が告発したところに原爆の本質がある。原爆が人間にどんな仕打ちを与えたのか。このテーマは、人類とは何か、戦争とは何か、原爆とは何かを根源から問い、人間としてどうあるべきか、人類はどうあるべきかを根本的に問いかけている。

原爆に対して示した峠三吉の覚悟と勇気は、今の時代の中で次第に大きな意味をもってきている。日本で良心的に生きるためには、峠三吉のように覚悟と勇気が必要になってる。
「あったことをなかったことにはできない」
そう言って、精力的に活動している前川喜平さんも、伊藤詩織さんも、望月衣塑子さんも、峠三吉の覚悟と勇気に重なってくる。もちろん、多くの日本共産党員は、峠三吉の意思を受け継いでいる。


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 和歌山県情報へにほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へにほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

雑感

Posted by 東芝 弘明