市長と議員の関係──試金石はどこにあるのか

出来事

午前中、紀の川市の議員団会議にお邪魔した。この4年間、3人の議員団になって実績が多く生まれていた。子育てしやすい紀の川市を目指す努力が実ってきた。この実績を力に選挙の政策をつくることになる。紀の川市は貯金も沢山あるまち。マイナンバーカードの普及が遅れていると言って、カードを作った人に1万円の商品券プレゼントみたいなとんでもないこともやってのけるし、10万年の特別定額給付金に1万円、市独自に上乗せすることも実施した市だ。学校給食無償化に踏み出すために必要な財源は②億4000万円程度だが、この領域に足を踏み入れても、充分やっていける自治体だ。

自治体は財政に余裕が出てくると豪華な建物を建てたがる。田辺市も紀の川市もよく似ている。市民の暮らしを中心にしたまちづくりという点から離れていく。市民の暮らしを守りまちをつくるという点が中心に坐らない。こういう傾向に対して、どのようなまちをつくるのかという点でクリアな政策を打ち出して、選挙を勝ち抜きたいと思うが、今日の会議は明るい展望の見えるような会議になってよかった。

地方自治体の大統領である市長に対して、どのような姿勢で臨むのか。市長との向き合い方が、議員の質を決定的に左右する。
どうしてそうなるのか。全ての権限が市長に集中しているので、市長の政治に対しての判断と向き合い方が議員にとっては決定的だからだ。ここでブレたら議員は議員でなくなる。議員の小さな権限で、アメリカの大統領をはるかに超える(アメリカの大統領は予算案も議案も議会に提出できない)権限をもった市長に向き合うためには、知力と勇気、自分を支えてくれる立脚点が必要になる。
ここが難しい。時間が経つにつれて議員の姿勢が崩れるかどうかは、市長との向き合い方にかかっている。試金石は議案に対する態度だろう。議員は、毎議会、議案を通じて市長と向き合うことになる。たえず議案を通じて議員は踏み絵を踏むことになる。

午後は、2時過ぎから地域の訪問に行った。コロナ禍の中で「どこにも行っていない」という人が多かった。日本共産党の姿は、テレビなどでは露出が少なくて見えていないという意見が多かった。自分たちによる宣伝が問われている感じがした。

お金が少なくなっていたので、銀行に行き、タケノコのために財布のお金を増やしたあと、米ぬかと鷹の爪を買おうと思い、銀行の駐車場に車を停めた。すると事務所で「さいなら」したはずのKさんから電話がかかってきた。
「タケノコのあく抜き、するわ」
Kさんはこう言った。「今から事務所に戻るから」というお言葉に甘えて議員校から事務所に戻ると、自転車の横にKさんが立っていた。ありがたかった。


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Posted by 東芝 弘明