われらが国のへそ曲がり 2005年9月10日(土)

雑感

「われらが国のへそ曲がり」という小説が好きだった。
山田洋次さんに「映画にするように」といって作られたこの小説は、映画化されることはなかった。その間に日本は大きく変遷してしまった。
山田洋次さんは、この作品を映画にはしなかったが、寅さんを通じてこの作品は、さまざまな形で描かれ続けたといってもいいかもしれない。
この小説は文庫で読んだが、もう店頭にはないし取り寄せもできない。買えるとすれば、古本屋だろう。
瀬戸内海の風景が目に浮かぶような話だった。
山田洋次さんは、この作家が存命中は、自分の作った映画をこの人の家まで運んで必ず観てもらって批評をしてもらっていたという。作家がなくなったとき、短いエッセイの中にこのエピソードは書かれていた。批評は抽象的なものではなく、「この女優は生活感をうまく表現するね。歩き方がいい」というようなものだった。
寅さんは渥美清さんと山田洋次さんの話の中から立ち上ってきたキャラクターだったが、この2人が出会う前にこの作家は、寅さんを彷彿させる人物を小説の中に描いている。この事実はぼくにとっては驚きだったし、面白かった。
いまでも──
寅さんというキャラクターは、渥美清さんと山田洋次さんと一連の短編集が生み出したものだと勝手に思っている。
作家と山田洋次さんが出会ったのは、「庭にひともと白木蓮」という小説を「馬鹿丸出し」という映画にしたことがきっかけだった。主演はハナ肇さん。この映画には寅さんの原型がある。
日本映画の最盛期、ものすごいスピードで大量に日本映画が作られていた時代の作品だ。山田洋次さんも若い駆け出しの頃だった。
1980年夏、「寅次郎ハイビスカスの花」を見たことをきっかけに、ぼくは「寅さん」を最後まで映画館で見るようになった。お正月と盆、寅さんが映画館にかかるときには、必ず映画館で寅さんを見ていた。和歌山、大阪と観た場所は違うし、いっしょに見た友人も様々だったが、1995年までの15年間、リアルタイムで寅さんを見られたのは、幸せなことだった。
「あんなワンパターン映画なんか絶対見ない」
そう心に決めていた。それなのになぜ、「ハイビスカスの花」を見たのか、その辺のいきさつはすっかり忘れてしまった。
その夏見た映画のベストワンは、この「ハイビスカスの花」だった。反発して見た映画はぼくを数分間で夢中にした。
1984年、作家は死去した。「まだ愛を知らない」という小説の最終回を残して。


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雑感

Posted by 東芝 弘明