齋藤孝さんの「話し上手 聞き上手」

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人を教育するというのは、実は非常に難しいことなのだと思う。
話をして、理解してもらうことと、体得してもらうこととはかなり次元が違う課題だ。
いくら道理を尽くして話をしても、相手が聞いているだけの場合、どこまで内容が伝達しているのかは推し量れない。
教育活動というのは本来的に双方向だったし、自分の娘の毎日の宿題をみていると、インプットとアウトプットの作業は繰り返されている。学んだことは、アウトプットしないと身につかない。漢字にしても九九にしてもくり返し、声に出し紙に書いてはじめてそれぞれの子どもたちの記憶に定着していく。
これは自明のことなのに、大人になるにしたがって、物事に対する理解力が高まるからだろうか、一度話をすれば、内容が伝わっているかのような錯覚がはびこっているように見える。
しかし、大人でも子どもでも実は同じで、学んだことを体得しようと思えば、インプットした情報をアウトプットする必要がある。
齋藤孝さんの本、「話し上手 聞き上手」を読んでこのことを改めて強く自覚した。
話したことを体得しようと思えば、くり返し、要約したり大事だと思うところを出し合ったりする必要がある。
議員団で会議をしていても、なかなか、学んだことが身につかないことが多い。この1つの原因は、情報をインプットするだけで、アウトプットが非常に不十分なので消化不良を起こしているということだ。大学になれば、いっせい講義と独習というスタイルが普通になった。教授の講義を把握し、自分の認識に定着させるのは、まさに講義を受けた後、自分で主体的に学び直して把握していくという形をとっていた。まさに自ら主体的に学ぶなかで、認識を自分のものにしていたといえるだろう。
しかし、こういう努力をあまり経験したことのない人の場合、やはり集団学習のなかで斎藤さんがおこなっているようなディスカッションを効果的におこなう必要がある。
また、その人がもっているコミュニケーション力を引き出し、高めるためには、学習内容を単に把握してもらうだけでなく、この本に書かれているような方法を活用して、その人のカラを打ち破っていく努力が必要だとも思う。
集団で学習する場合、こういう方法を実際取り入れて、学んだことが身につくような新たな努力を始めたい。


齋藤 孝
話し上手聞き上手


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Posted by 東芝 弘明