一般質問余話

未分類

一般質問が終了した。
法律論による一般質問となった。
久しぶりにエキサイトした。2つの質問をおこなったが、最初に質問した学校給食の民間委託について、書いておきたい。
一般質問は、事前通告制をとっている。今回は、関係する法律について、理解を深めていただきたいというお願いしていた。このお願いをまじめに受けとめて、準備していたのは、教育関係の課長だけだった。
何に怒りを感じたかというと、準備することを要請していたのに、この課長以外は、調査も検討もしないで質問に臨んでいたということだ。
学校給食法という極めてシンプルな法律は、志の高い法律で、国民の食生活の改善まで視野に入れ、この給食の目的を実現するために、栄養士もしくは栄養教諭に給食の管理責任を負わせている。学校給食法は、民間委託を想定していないので、栄養士の管理責任という点は、揺るがすことのできない大原則になっている。
ぼくは、偽装請負の問題と民間委託問題、学校給食法や食育基本法を検討していけば、民間委託の問題点が自ずから鮮明になるという確信があった。ぼくの確信どおり、教育関係の課長は、ぼくと深いやり取りをしていたわけではないのに、調査と研究の中でぼくと同じ認識に到達していた。
しかし、町長部局の財政に責任を負っている部署の責任者は、民間委託推進という立場に立っているのに、法律の精査をおこなっていなかった。民間委託が偽装請負を生み出してしまう危険性があることが、指摘されている時代に、法律を把握しておいていただきたいという事前の申し出をまともに受け取らずに過ごすというのは、いったいなんだろう。
一般質問でおこなわれる提起を非常に軽くとらえているのだろうか。自分の意に添わない質問は、やり過ごせばいいとでも思っているのだろうか。
怒りがおさまらないので、どんなやり取りになったのか、もう少し具体的に書いておく。
質問の冒頭近くで、ぼくは、関係する法律名をあげて、学校給食法に民間委託の根拠がないので、民間委託は、これらの法律によってしばられる。これで間違いないか。と質問した。
教育関係の課長は、「そう認識している」という意味の答弁をおこなったが、財政関係の責任者は、「法律については精査はしていない」という意味の答弁をおこなった。
これらの法律について質問をするので、事前に調べておいていただきたい。これがぼくの要請だった。一般的にこの話は、全体の事前ヒアリングの場でも言っていたのだが、深い議論をしたかったので昨日の夕方、電話を入れてこれらの法律を把握しておいてほしいという伝言もおこない、本人とも少し話をした。
先ほど紹介した答弁は、この事前の要請はまったくムダだったことを如実に物語っていた。答弁が返ってきた途端、内から怒りがこみ上げた。
一般質問は、かなりの準備をして、文献や資料を読み込み、神経を集中して質問を組み立てる。自治体の施策をどうしてもよりよい方向に発展させたい。質問を準備する際、胸の中にあるのはこういう思いだ。
しかし、相手側はほとんど質問に対する準備をしていなかった。議論が深くかみ合わなかった最大の問題はここにあった。
精査した上で、ぼくの認識を超えるような法解釈が出てきて、ぼくをたじたじとさせる論理が展開されるのなら、真剣勝負の世界なので納得もいくし、自分の不十分さも再確認できる。そういう一般質問になるのであれば、ぼくの方も、調査・研究をするし甲斐がある。しかし、肩すかしを食らわせるような答弁で、しかも法をふまえないような一般的な認識をもって、民間委託には検討の余地がたくさんあるかのような話をされるのは、心底心外だった。
自分の意に介さない質問は、まじめに事前準備をしないとでもいうのだろうか。
官から民へ。この流れがものすごい勢いで進められている。しかし、この流れのなかで、地方自治体が大量の法令違反を犯し、偽装請負、違法派遣を生み出している。それでも、深くものを考えないで、民間委託の旗を振ろうとしている。ここには誠実さがない。この点にも怒りを感じる。
安ければいい、という考え方の背景で、ワーキングプアが広がっている。労働の現場で劣悪な事態が広がっていても胸が痛まない方々が、平気で官から民へを口にしている。そう思えてならない。
質問の後、ある課長は、ぼくが提起した問題もしばらくすれば法律が変わり、規制緩和されるので問題そのものがなくなるのではないか。請負でも直接委託する側が指揮命令できるようになるのではないか。という意味の言葉をかけてきた。この言説は言語道断だった。
この課長の認識が現実になると、請負契約で現場に来た人を自由自在に活用できるようになる。
労働現場で労働者派遣よりも請負がなぜ喜ばれるのか、理由ははっきりしている。請負は、労働契約ではないので、依頼者側が社会保険、労災保険および雇用保険などの費用を考慮に入れる必要がなくなる。つまり人を雇い入れるのにコストがかからなくなるということだ。
請負は、仕事による成果品を求めるだけなので、仕事を依頼する側と請け負う側には雇用関係がない。つまり、双方には労使関係が成立しないのだ。雇用関係がないのに指揮命令ができるようになるというのは、請負というものをまったく理解しない言いぐさだろう。
この課長の言い分が、まかり通るようになると、日本は請負だらけのムチャクチャナ世界になる。社会保障負担を一切認めない社会は、それこそ小林多喜二が描いた蟹工船の世界になる。日本全体がたこ部屋になってしまう。
自治体は法を守らなくてもいいんだよ。とにかくなんでもいいから学校給食が実現すればいい。こういうものの言い方には、夢もなければ希望もない。行政の施策をよりよいものに発展させるという誇りや理想を感じない。
ぼくは、地方自治体は、法律をまもって仕事をおこない、よりよい施策を生み出していくことが大切だと思っている。一方の側には、法律の精神と法の目的や目標があり、もう一方の側には、全体の奉仕者としての、国民の権利を守りかつ守秘義務を負った公務員がいる。この2つがあってはじめて、法の精神と目的、目標が実現でき、地方自治体は重要な仕事を担える。この地方自治体の特質をふまえてこそ、地方自治体の仕事をよりよいものにする努力が生きてくる。
無原則的な民間委託や民営化は、実施されると法の精神や目的、目標などを守れなくなることが多い。自治体の民営化は、地方自治体の重要な役割を根底から破壊してしまう。
この問題でもう一つ合点がいかないのは、本庁にいる人間たちは公務員のままで、出先にいる学校給食の職員、幼稚園、保育所の職員、公民館などの方々は、安上がりの雇用形態をとればいいという発想があることだ。自分たちの手足を切り取るような形で民間委託が進む。同じ公務員が、公務員のコストを問題にし民間委託を説く。こういう傾向にも著しい違和感を感じる。
しかし、地方自治体のなかには、法律を駆使して自分たちの非合理を法律を武器に守ろうとする流れもある。法律は、非合理や不合理を守るための武器にもなるが、同時に自治体の施策を発展させ、国民の権利を守り命を守る武器にもなる。
こんな田舎の自治体なのに、法律は地方自治体のやっていることを守るための武器だ。そう思っている職員もいるということだろうか。
雇用をめぐる法律に地方公務員は、明るくない。このことを痛感させられた1日だった。


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 和歌山県情報へにほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へにほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

未分類

Posted by 東芝 弘明