嵐の中の葬儀

出来事

奇跡のように昨日は午後から夜中にかけてほとんど雨が降っていなかった。
「嘘みたいだ」
そう思いながらネットで降雨状況をみると、和歌山県北部を雨が避けるように動いていた。
昨日、夜中に眠れなくなって、本を40分ほど読んだ。時刻は3時30分を回っていた。その間もほとんど雨は降っていなかった。

告別式に参列する準備を始める少し前から雨足が強くなった。車に乗り込む10時30分過ぎには風も出ていた。午前中が台風のピークだと天気予報は伝えていた。
会場に着くと10時40分だった。玄関前で同級生の女性2人に会った。傘をたたもうとすると、風で傘の骨が1本折れてしまった。
すでに会場の中にはたくさんの人がいた。
同級生の姿が、あちこちに見えた。お坊さんが入場して読経が始まると会場は静かになった。

故人を偲ぶ写真のコーナーには、「なごみあきない」の取り組みを紹介する記事とS君の写真が飾られていた。
「高校生に実際の商業教育を」という彼が中心的な役割を担った取り組みは、全国商業高校長協会の「功労者表彰」を受けている。受賞を伝える記事は、朝日新聞の和歌山版5月19日付けのトップ記事、和歌山新報の5月31日付けトップ記事にそれぞれ掲載されている。
この記事は、2つともぼくの手元にある。
ぼくは、朝日新聞に記事が載ってから6日経った5月25日、S君の家に行って遅くまでこのことについて話を聞かせてもらい、後日、新聞記事などを資料でいただいた。
朝、資料を受け取ったときに言葉を交わしたのが、ぼくとS君との最後になった。
昭和49年から続いてきた「和歌山県商業教育研究会」は平成23年にNPO法人として発展した。このときからS君は、このNPO法人の顧問に就任している。この法人化とともにブランド名「なごみあきない」が作られている。「なごみあきない」というブランド名は、高校生が販売実習で扱う商品を商標登録したものだ。ブランド化によって、高校生が開発する商品が、企業との連携によって実際の商品に発展しやすくなる仕組みができた。
S君が力を入れていた取り組みは、地域おこしにもつながるものだった。ぼくは、高校生の商業実習と地域おこしが結びついて、かつらぎ町でも新たな取り組みができるのではないかと胸を膨らませていた。
「地域おこしに、若い力を」
これは、ぜひ実現したいコラボレーションの1つだ。
S君の夢は、まわりの人を明るく元気にしてくれるものだった。S君が蒔いた「一粒の麦」が豊かな実りにつながるよう、力になりたいと思っている。

花を棺に入れるために、列の中に入って、ゆっくり歩いて行った。棺の右側には人が並んでいたので、ぼくは左側に回った。菊の花を添えたときに、高校生が開発した「なごみあきない」のおかきが棺の中に入れられているのが見えた。ぼくはS君の顔にそっと手を触れた。氷のように冷たい感触が指先に伝わってきた。手を合わせると、向かい側で同級生が手を合わせているのが見えた。
すすり泣く声が何重にも聞こえてくる。玄関を入ったロビーに出ても声を出せなかった。口を開くと涙声になりそうだった。
出棺の時も雨は激しく降り風も強かった。人々は長く手を合わせていた。クラクションが激しい雨の中に小さく聞こえた。心を強く叩くような雨だった。


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出来事

Posted by 東芝 弘明