体育会系組織の傾向
横断幕と弁士垂れ幕を完成させるのに、かなり時間がかかった。印字に随分時間が必要だった。しかし大きなプリンターがあるので、すごく助かっている。
完成品を総合文化会館に届け、準備はほぼ完成した。
テレビはいっせいに日本大学のアメフット部の監督とコーチの記者会見を伝えている。大学の運動部が世間を騒がせた事件としては、最大級の事件になった。中学校と高校のブラック部活に光が当たりつつあるが、もっと大規模で大きな問題をはらんでいる大学の部活が、大きな注目を集めたのは、あまり例がない。
どうして日本は、監督やコーチが組織の頂点に君臨し、部員が絶対服従という仕組みになるのだろうか。確実に多くの組織のあり方が、民主的な方向に変化しつつある中で、スポーツ界には、依然として軍隊的な組織運営が残っている。体育会系と呼ばれる組織に広く共通しているものでもある。
日大アメフット部の個別の問題とともに、組織の運営の仕方に光が当たるような見解を聞きたい。
日大の場合、部活というか・・・アメフトする為に入学した学生なので、・・・部活という表現は少しズレがあります。
しかし・・・確かに日大のプレイに問題があったと思いますが、ここまで話が大きくなるのも違和感があります。なぁ~・・・日大の一つの運動部の問題に大学の学長が記者会見?????
日大アメフト部がそんなに悪いかなぁ?学生が犯罪行為したわけじゃなく、試合中のゲーム中に危険な反則しただけ。それも故意的というレベルじゃない。
そもそもアメフトって、ヘルメットかぶってぶつかり合うスポーツでしょう?危険なタックルって言っても、そもそも危険なスポーツです。
まあ、日本中・・・マスコミに乗せられたような事件です。
ちなみに日経新聞は、この件についてほとんど報道していません。ロイターに至っては、無視しています。
ぼくも・・・何の意味があるのかよくわからない事件です。
組織に運営の仕方に興味があります。一番簡単なのは、監督が絶対的な権力を持って全体を支配すること。日本のスポーツ界にはびこっている組織運営の仕方です。さすがにプロスポーツになるとこんな訳にはいかなくなりますね。
一人ひとりが独立したプレーヤーで、稼いでいる訳ですから、基本的に自由がある。しかし、アマチュアのスポーツになると、とたんに監督の権限が絶大になり、それに従うコーチがいて支配のピラミッドが成り立つ。
この運営形式とは違う民主的な組織運営を実現して、しかも強いスポーツへの移行が求められています。それは、一人ひとりの個人が自立した上で、力を合わせるというものです。
このような組織運営に脱皮しなければ、日本のスポーツは強くならないと思います。
それと・・・北朝鮮と米国の関係・・・・東芝さんお忘れなく。
過去のことを語るのは、バカでもできます。結果が分かったことに、理由を付ければいいので・・
ただ・・未来を語るのは難しい。
その未来を賭けてる話・・・ 「トリノさんの見立てが正しいのか、 それともぼくが書いた方向に進むの かですね。」これ・・・言い訳なしですよ。国際情勢に対する政治的判断力をためすものですので・・・笑。
昨日一日のトランプさんと金正恩さんのやり取り、緊迫の中にも確かめ合うような感じがあり、北朝鮮の瀬戸際外交をトランプさんがやってのけたかのような感じになりました。今日の新聞が楽しみです。
組織運営が問題?そんなこと言い出すと、世の中のすべての組織運営の問題に発展する。地方自治の組織運営なんか大きな問題がある。
そんな問題かなぁ~・・・・単に悪者 日大・・・をマスコミが煽っているだけです。
スポーツの世界の組織が一番分かりやすいですが、日本は、明治以降忠君愛国=武士道と結びついてしまい、絶対的な指導者と団員(部員)という形になって多くの組織が運営されました。日本式の軍隊の組織運営が、家父長的な社会体制とも相まって組織運営の一つの方法として、支配的になりました。しかし、このような組織運営方法が、スポーツ界でも見直されつつあります。残されている最後の砦が学校のクラブ活動なのかも知れません。大学のクラブ活動は、絶対的権力者による部活動というのが、かなり広範囲に残っていると思います。
企業の組織運営にも、同じような傾向がありますが、いずれにしても組織と人間の在り方については、民主的な組織運営を軸に見直されつつると思います。個人の尊厳と民主主義という面で組織運営が見直され、この面で発展していくことが、大きな意味でいえば、歴史的な課題として提起され始めていると思います。歴史は、進歩と反動のせめぎ合いの中にありますから、日本の労働分野では、裁量労働制の拡大や高度プロフェッショナル制度による残業代ゼロという、国際的には極めて異常な問題が提起されています。
日本の労働現場は、依然として8時間労働制の確立を巡って、執拗なせめぎ合いの中にありますが、同時に企業の中には、労働法制を厳格に守って労働時間を短縮し、その中で生産性を引き上げようとしている取り組みもあります。
日大アメフット部の問題は、日本的な組織と人間の在り方を根本的に問いかけるものであり、この事件は、日本政府と官僚機構に横たわっている専横的な問題とも深くリンクしているものとして捉えている人が多いと思います。
その・・・東芝さんの今回の事件に対する説には、さすがに賛同しかねる内容であります。大学のクラブ活動というのは、ピンからキリまであっていろいろあるのですよ。例えば今回の関学と日大の両アメフト部は、大学が本気で運営しているクラブ活動。もう少し正確な表現をすると、クラブ活動というより大学の運動学部・アメフト学科に入学したような学生ばかりのクラブです。一般の入試で入学した学生が、入れない運動部なのですよ。国公立大学と違って私立大学が運動部を運営する場合、弱すぎるのは困るのです。大学のイメージダウンになるのでそれなりの実力が必要になる。東京六大学野球で東大が勝てないでしょう?勝てるわけないのです。でも宣伝のために東大が必要なだけなのです。つまり早稲田・慶応・明治・立教・法政・東大・・の6大学で野球をするので、早稲田・慶応・明治・立教・法政としては東大を入れることで、宣伝効果をUPさせているのです。
関学のアメフト部なんか、関学の付属高校でアメフトばかりやってた学生が、そのまま関学に進学してアメフトしている。日大も同じ。
つまり・・東芝さんの組織論は現実に当てはまらない。日大の援護するわけじゃないけど、アメフト部に入った以上、それなりの厳しさが必要・・・というのもあるいみ正しい。
本当の意味でスポーツに強くなるためには、スポーツ科学と民主的な組織運営論が必要だと思っているんですが。厳しい指導=家父長的で絶対的な権限をもった指導者による指導ではないと思っているんですが。
選手の一人ひとりの個性と能力を引き出すための組織運営への道はあると思っているということです。
本件に関しては、近しい人に過去から色々な話を聞いておりトリノさんがいう「単なる運動部の問題」に
留まらない闇の部分が多すぎるのでマスコミも執拗に追いかけているんだと思います。
年間予算2千数百億、助成金も100億近い「貯金箱」に群がる魑魅魍魎の世界。
理事長のスキャンダルも地位を生かし何一つ表で裁かれていません。
週刊誌あたりの本丸はソコだし公になれば世間全体が驚愕する事間違い無しです。
日本のスポーツ界、例えば野球を例えにすると有望な子供は中学生からプライベートクラブに入り監督のコネクションで有名校に推薦で入ります。そこで活躍すればここでも監督のコネクションでプロ野球や
大学の推薦が貰えます。その流れで有名企業に就職や社会人野球などの流れになります。
本気度の高い父兄は中学生からこの「ルート」に乗せる事を考えているので「監督」には絶対服従で
逆らえば「ルート」から外れてしまい益々権力は集中していきます。
高校野球の現状が正にそれですね。
ワタナベさん、私学というのは、どこでもいろいろあるものですよ。早稲田や慶応でもそうですよ。国立大学のような税金だけで運営されているところとは違います。
>日本のスポーツ界、例えば野球を例えにすると有望な子供は中学生からプライベートクラブに入り監督のコネクションで有名校に推薦で入ります。そこで活躍すればここでも監督のコネクションでプロ野球や
大学の推薦が貰えます。その流れで有名企業に就職や社会人野球などの流れになります。
ですが、悪意をもって書くとそうなります。が・・・例えば慶応、幼稚舎があります。つまり小学校から慶応に入るとそのまま慶応大卒。授業料は相当な額になりますが、そんなお金持ちだけが入れる。
で・・・慶応閥で就職。つまり日大は新興だけど慶応は伝統を利用して学生を集める。
私学というのはそういうものです。
ワタナベさん。今日は羽鳥君のモーニングショーで日大アメフット部の体質について語っていました。日本の武士道+家父長的+スパルタ式+軍隊式の指導方法は、今もまだ大きな力と勢力を誇示しているけれども、確実にこのような指導方法は変わりつつあるということでした。日大の監督は、過去に夜の12時から朝の6時まで練習をさせた後試合に臨ませたこともあったようですが、このようなやり方ではなく、最近は、コーチングの理論が発達してきており、理不尽な練習方法ではなく、目的意識性をもった合理的な練習方法にシフトしていっているということでした。
アメリカンフットボールでいえば、根性と体力でがんばるのではなく、必要な体力と練習をしつつ、同時に相手の作戦の研究、自分たちチームの作戦の研究などを盛んに行って強くなっていく道が探求されているということでした。
ぼくたちは、巨人の星やあしたのジョーのテレビ放映を子どもの時代に見ていた世代であり、根性主義とスパルタ主義は、当たり前でした。日本のスポーツ界にはびこってきたのは、明治以降の国家体制下のもとで培われた、極めて精神主義的なものだったと思います。
モーニングショーでは、「日本のこのようなスポーツ界のやり方が企業の運営方法とも合致していて、体育会系の社員が重宝がられていた時代があったけれど、AmazonやGoogleやAppleのような全く日本とは違う会社経営で伸びてきている企業がある中で、変化が起こっている」という指摘もありました。