雑感

ぼくの中学生の頃の方が、かつらぎ町は都会だった。中学校の生徒数は580人を超え、高校に入学した1975年は、学級を一つ増やしてG組まであった。教室が足らずプレハブの教室が建てられていた。駅前の商店街には人が溢れていた。 笠田駅を利用する人も多く、高校生の頃はこ ...

出来事

昨日と今日、社会福祉協議会会長だった大浦達雄さんの通夜と葬儀に参列させていただいた。大浦さんとのお付き合いは、議員と区長との関係が出発だった。ぼくはまだ30代だったと思われる。大浦さんがまだ区長だった最後の頃、隣保間の廃止問題が浮上したとき、相談を受けたことが ...

雑感

「大阪都構想」と維新がよんでいる住民投票では、大阪都はできない。できるのは、大阪市の廃止と4つの特別区だけ。維新が掲げる看板には嘘がある。大阪市の廃止、特別区の設置だから、大阪区構想だということを前川喜平さんがTwitterで呟いていた。言い得て妙だ。まさに大 ...

出来事

午後橋本市の下中で開かれた移動支援についての学習会に参加した。自分たちでどうやって移動支援を行うかという学習会だった。 住民自治の力によって何ができるのかを探る学習会だった。この方向には、おそらく両面があるだろう。住民自治の力を高める側面と、住民が公共交通の弱 ...

雑感

「大阪都構想」。出直しの住民投票が行われているが、戦い方の基本は5年前と基本的には変わっていない。ぼくは、5年前の5月18日、住民投票が反対側の勝利に終わった次の日に書いたウソとのたたかいに勝つためにという文書の主張は今も生きている。今回の投票でも大阪都は実現 ...

雑感

インターネットができたとき、画像表示がものすごく遅くて、こんなもの役に立つのかと思っていた。当時はネットサーフィンと呼ばれていたが、実際は表示が遅くて波に乗れない状態だった。ホームページはやたらWelcome表示だらけだった。「訪問してくれてありがとう、歓迎し ...

出来事

雑賀議長の葬儀に参列して、立礼させていただいた。町長と副議長が弔辞を読んだ。雑賀議長の息子さんが親族を代表してあいさつを行った。笑顔の似合う優しい人だった。「議長として復帰したかったと思います」という意味のことを町長と議長が弔辞で述べた。議長は、9月議会の最初 ...