朝の大谷駅

出来事

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娘が朝起きてきて、高校に行く準備をしている。時計を見るとこちらがハラハラしてくる。
(間に合うのか)
時計は6時50分を指していた。
(あの時計は、3分ほど速いからまだ大丈夫なんだろうか)
娘は、ハミガキをして、お弁当を詰めて、かばんを持ってという作業をしていた。ぼくはその姿を目の端で確認してから家の前の駐車場に止めている車に乗り込んだ。娘が玄関を開けて車に乗り込んだときに車の中の時計は6時55分を表示していた。この時計は電波時計なので正確だ。
(まだ笠田駅で間に合う)
そう判断して車を国道480号に向けて発進した。安全を確認して、折居の在所から国道に出て直進しようとすると酒屋さんの信号で捕まってしまった。時計は56分を表示した。
(だめや、大谷駅か)
車を右折レーンに入れて信号が変わるのを待った。
「また大谷かよ」
ため息混じりの言葉が出てしまった。
真っ直ぐに着いた都市計画道路を東に走り、水道事業所の所の90度カーブを曲がって、24号の信号、中華料理の笑福亭のある交差点の手前で右折するかどうか、信号の動きを見ながら判断する。今日は、お墓の横を走る道に向けて右折しようとした瞬間、信号が青に変わる動きが見えたので、右折せずに直進した。国道を右折して、次の三叉路を左に曲がり、大谷地域に入る道を走った。この道は大谷の在所を東西に走る旧国道につながっている。6時59分このタイミングで旧国道に車を乗せた。

笠田駅7時1分発、大谷駅7時4分発。この3分の差が重要な差になる。化粧品店のある四つ角を左折して大谷駅に向かう狭い道を走る。対向車が来ないことを少し念じる。無事に大谷駅の踏切を越えて、右の空き地に車を乗り入れて娘を降ろした。時刻は7時2分だった。娘は車の中で時間割を合わせて入らない本を助手席に置く。こういうことが多い。
「時間割ぐらい前の晩に合わせておけよ」
これは毎日のように繰り返している言葉だ。

大谷駅は、無人駅なのでホームは一つしかない。踏切を越えればホームはすぐそこにある。笠田駅は、上り線と下り線の電車が同時に入ることのできる駅なので、橋本方面の上り線のホームに立つためには、陸橋を渡らなければならない。その点大谷駅は、乗る人間にすれば乗りやすい駅になる。娘は大谷駅に送って行くと喜ぶ。あと10分早く段取りをすれば、自分で自転車に乗って笠田駅に行くことができるのに。

朝の駅への送り迎えはいつも3、4台、ときどき送りに来た同級生と会ったりすると苦笑が漏れる。同級生は「なんで大谷駅なん」というような顔をしていることもあった。大谷駅から歩いている役場職員の男性がいる。2人ぐらいが一緒に肩を並べて国道に向かって歩いている人もいる。この人々は、日進化学に勤めている人々だ。
娘の背中を見送って駅の方を見ていると、運転席から降りた運転士が、指さし確認をしているのが見えた。白い手袋が電車後方に向かって差し出されていた。電車は、その後1秒余りで静かに動き出した。青緑の電車が目の前を通り過ぎた。

(写真はどこかの無人駅。大谷駅に似ている)


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出来事

Posted by 東芝 弘明