紀の川市のビラ作り 2005年8月2日(火)

出来事

朝から紀の川市のビラ作りを開始した。ぼくの担当は粉河町と那賀町。O君がInDesignの使い方を教えてほしいというので、かつらぎ民報の作成を実際にやってもらうことにした。
作成途中で、県のNさんが分担した貴志川町、打田町、桃山町のビラの途中原稿がFAXで送られてきた。ぼくの方は、まだ那賀町の分が残っている。ピッチを上げなければならない。
昼1時40分頃、総務課に行った。
自衛隊の募集事務について、4情報でも開示できないのではないかというA42枚の見開き論文をいただいた。これはガバナンスという自治体や議員向けの月刊誌の2003年4月号に載ったものだった。この論文は、国会で個人情報保護法が議論され、自衛隊の募集事務に関わって議論がおこなわれているさなかに書かれたものだった。少なくとも4情報の提供は、合法でないという見解もあるということだろう。
自衛隊法と自衛隊法施行令第120条には「市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる」という規程がある。しかし、問題は「資料の提供」という規程によって住所・氏名・生年月日・性別という4情報を提供できるかどうかだ。2003年5月に参議院で国会答弁をおこなったのは、片山大臣(当時)だ。この時の答弁では、自衛隊法に基づいた事務だと答え、同時に住民基本台帳法の関係からいっても何ら問題がないとしている。
この答弁はよく分からない。数学的にいえば、自衛隊法にもとづき、資料の提供はできる、かつ住民基本台帳法からいっても適法だということになる。2つの法律をクリアするためには、2つのルールを守る必要がある。
住民基本台帳法でいえば、閲覧による書き写しは、手数料の対象になる。かつらぎ町の場合は1件200円だ。しかし、自衛隊は手数料を払っていない。手数料を取らないのは、住民基本台帳法の適用除外という扱いだ。
まだ、真相は藪の中だ。
夜9時から「二十四の瞳」を観た。今回の作品は、壺井栄の原作をふまえ、木下惠介氏の脚本をふまえたものになっていた。ソンキの戦場での話は原作と脚本にはなかったものだが、きちんと作品の趣旨をふまえたものだった。原作の良さをふまえた作品になんだかほっとした。
なぜこういう気持ちになったのか。それは、作品の良さが痛々しくも削られてしまった例があったからだ。
1987年の映画「二十四の瞳」は浅間義隆監督だったし、脚本は木下惠介氏のものだったのに1954年の前作(監督:木下恵介)と比べると明らかに反戦が静かに語られる部分がカットされたものだった(1987年の大石先生役は田中裕子、1954年の大石先生役は高峰秀子)。
1987年の映画は、かなりのショックだったので、木下惠介氏の脚本を買ってきて、どういうせりふやシーンが削られてしまったのかを、当時ぼくは丹念に調べた。
「前作からの明らかな後退」
こういう映画批評があったが同感だった。
今回のテレビドラマ化は、原作の良さを生かして描かれていた。そういう意味ではほんとうに良かった。黒木瞳さんの大石先生も子どもがあこがれる優しい先生を好演していて胸にしみた。
子ども達が戦争と貧しさの中で翻弄され、命を落としたり不幸な目に遭ったりするのだけれど、子ども達に寄り添い、一緒に泣く大石先生の姿は忘れられない。
白黒映画では、「先生は何もしてあげられないけれど、いっしょに泣いてあげる」というようなせりふがあった。厳しい現実の前で、先生は無力だった。しかし、大石先生の気持ちがどれだけ子ども達を励ましたか。その励ましがどれだけ子ども達を勇気づけたか。
子ども達の素直さがほほえましかった。小さな1年生達は、みんな仲良しで元気いっぱいだった。貧しさと戦争がなかったら、子ども達の少年時代はもっと楽しいものだったろうに。先生と花飾りを作り、歌を歌い、電車ごっこをして走り回る姿を見ていると、今の子ども達の方が楽しくないのではないかという思いさえ突き上げてきた。


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出来事

Posted by 東芝 弘明