脳は何かと嘘をつく

雑感

昨日、「脳は、自分の選択した態度を合理化しようとする。これが脳の働きなのだという。無意識のうちに記憶が書き換えられる。自分の行為を合理化するよう脳が動く。脳科学者によれば、これは全ての人間に備わっている一般的傾向なのだという」と書いた。

この脳の傾向を踏まえて、自分の過ちを教訓にするためには、心底反省したことを文章に書いて、心に刻むしか方法はないと思う。振り返って考え始めると、無意識のうちに記憶を書き換えて都合のいいように意識が動く。自分のしでかした過ちは、過ちのまま記憶に残す。傷口をそのままにしておくことが大事なんだと思う。

自分の失敗を忘れたいとか、傷を癒やしたいとか考えて日々を送っていると、傷口は修復され、記憶は書き換えられ、思い出すとそんなに悪いことはしてないと思ったり、過ちというほどのことではないなということになってしまう。脳の働きは怖い。

このことを強烈に感じたことがあった。
一般質問である町長に古紙回収を無料で実施できると提案したときに、町長は「いい提案をいただいた」と答弁したと思い込んでいた。このときの提案は6か月後に実現した。いい提案ができたのが嬉しかった。しかし、数年経って議事録を読み返してみても、町長がそう答弁したしたという事実はなかった。自分の記憶が都合よく書き換えられたということだった。しっかり意識しておかないと、記憶は書き換えられる。無意識のうちに。

15年以上前になるが、党の国会議員だった人で離党した後に、共産党の批判本を書いて生きるようになった人がいる。この人はときどきテレビに出たり新聞のインタビューを受けたりもする。共産党を批判する仕事は、出版界では一定の売れ行きを示すので、社会的に利用価値がある。犯罪対策がビジネスとして成り立つように、日本共産党への批判もビジネスとして成り立つ。

この人を見ていると、当人の頭の中で、脳による積極的な記憶の書き換えが行われているような気がする。それは、気がすると言うだけ。ぼくの勝手な思い込みだ。記憶の書き換えがあるとは断定できない。そういう気がするというだけのことだ。

ただし一般論として、脳による記憶の書き換えは日常茶飯事に発生する。とくに意識していないとこういうことは多々起こる。毎日これは発生しているといっていい。脳は何かと嘘をつく。そういう性質を持った脳とともにぼくたちは生きている。


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雑感

Posted by 東芝 弘明