歴史観が問われている

雑感

時代がどう動いているのかという点で、長い見通しをもったものの見方をおもちでしょうか。社会や世界は混沌としていると思っているでしょうか。それとも、ジグザグや後戻りのような傾向があったとしても、社会や世界は、よりよい方向に向かって進んでいると思っているでしょうか。

ロシアがウクライナに戦争を仕掛けたことによって、全世界がこの戦争による影響を大きく受けました。この戦争を通じて、日本も世界もより混沌とした状況に移行し、戦争への不穏な空気が広がっているのでしょうか。

日本は、ロシアによるウクライナへの侵略に対して、日本も防衛力を高めないと安全は守れないというような論調に傾きました。日本が5年間で43兆円もの軍拡に舵を切っても、世論は概ねこの方向を受け入れているかのような雰囲気があります。しかし、一方で軍拡のための増税には反対という世論調査の明確な結果もあります。しかし、岸田政権の支持率は、この軍拡によっては下がらなかったという感じもあります。このチグハグさはどこから生まれているのでしょうか。

明治維新からアジア・太平洋戦争の終結に至る歴史を学ぶと、日本の行った戦争の姿が見えてきます。日本はアジアを開放するために戦争を行ったという論理が戦後のある時期から台頭してきました。これは、まさに日本が戦争を遂行していた第二次世界大戦当時の考え方の復活でした。こういう考え方を述べる人々は、あの当時の戦争を大東亜戦争という呼び方で読んでいます。大東亜戦争という論は、日本が受け入れたポツダム宣言とはまったく考え方を異にしています。日本はアジア解放のための戦争を行ったという論理と日本政府が受け入れたポツダム宣言とはまったく相容れません。
第二次世界大戦の結果、国連憲章が生まれ、世界人権宣言が発せられました。この戦後の動きと大東亜戦争という考え方も相容れません。

一体どこに真理があるのでしょうか。第二次世界大戦とは何だったのかという視点が定まらないと、第二次世界大戦以後の世界の歴史を見られなくなります。日本共産党は、明治以後の日本の歴史がどう進んできたのかという歴史観をもって、戦後政治と向き合ってきました。日本社会がより一層民主主義を実現し、ジェンダー平等への社会へと進んで行くという見通しは、明治以降の日本が歩んできた道に対する歴史観と表裏一体のものだと思います。第二次世界大戦に至るまでの日本の歴史がどういうものであったのかという視点が定まらない人は、未来の見通しついても定まらないことにつながるというのは、真理だと思っています。時代の進むべき方向を見通すためには、歴史観も問われている。そんなことを感じます。


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雑感

Posted by 東芝 弘明