古いのに新しい日本共産党

雑感

2022年7月15日。日本共産党の百周年記念日。1922年から百年。日本共産党は一つの党名で創立以来の歴史を歩き100年を迎えた。ぼくが入党したのは1978年。この100年の歴史の中でぼくが党員だった期間は44年ある。入党した頃の党と比べると日本共産党は柔軟になったと思う。以前はもっと尖っていた。厳格であること、規律を守ることが今以上に求められていた。党員には入党すると6か月間の党員候補期間があった。この制度は、ぼくが入党して数年経つと廃止された。

しんぶん赤旗の拡大については顕彰制度があり、赤旗拡大の党員10傑のような制度もあった。1人で数百部の拡大成果を上げる党員や議員もいた。このような制度は1980年代半ばか後半に廃止されたと思われる。歪みが生じたからだと思う。党内に残っているのは30年の永年党員を表彰する制度と50年党員を表彰する制度のみだ。文学における多喜二百合子賞と経済学における野呂栄太郎賞は2005年をもって休止された。

日本共産党の組織も、日本社会の影響を受ける人間の組織なので、「24時間戦えますか」というようなスローガンや「モーレツ社員」などの言葉があったそれ以前の社会では、かなり激しい活動の仕方をしていた。社会におけるノルマは当たり前という時代の中、日本共産党にもそういう風潮はあった。

この組織をもっと民主的に、一人一人の党員を大切にする方向に変わっていったのは、1990年代だったと思う。ある時期から支部を基礎にという言い方がされ、それは支部が主役という表現に発展し、2000年の党大会で規約が改定されたことによって定着した。日本共産党の運動は、組織のあり方も密接に絡んでいる。安保法制の強行採決によって、日本共産党が打ち出したのは国民連合政権構想だった。この方針は日本共産党の統一戦線論の新たな具体化だった。この運動は、憲法13条の個人の尊厳の尊重に光を当てるものであり、多様性の中の統一、相手へのリスペクトへとつながり、ダイバーシティー論やジェンダー平等の運動ともつながっていった。この中で日本共産党は、ジェンダー平等の運動からも学び、私たち自身も学び変わらなければならないという課題を見いだした。

民主主義的中央集権制という組織方針は、今も揺るがず存在し、全党の活動の基本中の基本になっている。民主主義的中央集権制というのは党規約に規定がある。それは以下のとおり。

第三条 党は、党員の自発的な意思によって結ばれた自由な結社であり、民主集中制を組織の原則とする。その基本は、つぎのとおりである。
 (一) 党の意思決定は、民主的な議論をつくし、最終的には多数決で決める。
 (二) 決定されたことは、みんなでその実行にあたる。行動の統一は、国民にたいする公党としての責任である。
 (三) すべての指導機関は、選挙によってつくられる。
 (四) 党内に派閥・分派はつくらない。
 (五) 意見がちがうことによって、組織的な排除をおこなってはならない。

このルールは、おそらく多くの組織で当たり前のように行われていることの基本でもある。国民に責任を負う政党なので派閥・分派はつくらないということと、意見の違いによって、組織的な排除をおこなってはならないという点が大事になる。人間なので意見の違いは生まれる。このときに大事なのは議論を尽くすということ。しかし議論を尽くしても意見の違いが生まれる場合は、多数決で決めるが、自分の意見は保留できるということが、党員の権利として保障されている。
その上で多数決で決まった方針に団結する。これは、人間の認識は実践を通じて検証されるし発展するという唯物論的な哲学に依拠したもの。人間の意識・認識は現実からの反映。この反映の仕方は近似的。人間は外界の全てを一度に把握できない。この不十分な認識は、人間の行動、実践によって検証されるというもの。この考え方を党規約に書き込んでいるということだ。

この日本共産党の組織内のルールは、議会のルールとは大きく違う。議員は一度本会議や委員会で判断し賛否について態度を決定した場合、自己の決定を変更することができない。
しかし、このルールには、解除される仕組みがある。それは、本会議や委員会は次の本会議や委員会には継続されないというルールだ。したがって同じ請願であっても、次の会期の議会に再提出されれば新しい議案として扱われ、議員の態度がもう一度問われる。その際、過去の判断は問われない。
このルールを補完するために同一の会議の期間内については、同一議案を2度提出することは禁じられている。これを禁じないと賛否について変更できないということを貫けなくなる。

合意形成を図る会議は、思いつきのような意見をたくさん出してもらい、縦横に議論することによって、みんなの脳みそを使って考えを深めていくようなところがある。そのときの意見というのはふにゃふにゃでもいい。議論が渦巻いて一つの形になる過程では、自分の意見を押し通そうとしたり、妥協したり、引っ込めたりしていい。その中で合意を作る場合、議会のような議論をしていたら話はまとまらない。
こういう議論の仕方に慣れていない人もいる。いつでも自分の意見を押し通す人だ。他人の意見に耳を傾け、それを検討するという気持ちになってもらえれば、うまくいく場合もある。押し通したい人の意見を徹底的に吟味するというのもいいかもしれない。「黙って聞け」という空気をほぐす必要がある。

脱線した。
話を元に戻そう。日本共産党が最も重視している行動の規範は、「市民的道徳と社会的道議をまもり、社会にたいする責任をはたす」というところにある。これは党規約の第5条に書かれている。もちろん程度の差は幅広く存在する。日本共産党の利益を損なうこととの関係で、市民的道徳と社会的道議が問われることになる。

第五条 党員の権利と義務は、つぎのとおりである。
 (一) 市民道徳と社会的道義をまもり、社会にたいする責任をはたす。
 (二) 党の統一と団結に努力し、党に敵対する行為はおこなわない。
 (三) 党内で選挙し、選挙される権利がある。
 (四) 党の会議で、党の政策、方針について討論し、提案することができる。
 (五) 党の諸決定を自覚的に実行する。決定に同意できない場合は、自分の意見を保留することができる。その場合も、その決定を実行する。党の決定に反する意見を、勝手に発表することはしない。
 (六) 党の会議で、党のいかなる組織や個人にたいしても批判することができる。また、中央委員会にいたるどの機関にたいしても、質問し、意見をのべ、回答をもとめることができる。
 (七) 党大会、中央委員会の決定をすみやかに読了し、党の綱領路線と科学的社会主義の理論の学習につとめる。
 (八) 党の内部問題は、党内で解決する。
 (九) 党歴や部署のいかんにかかわらず、党の規約をまもる。
 (十) 自分にたいして処分の決定がなされる場合には、その会議に出席し、意見をのべることができる。

第5条の第六項はユニークだろう。「(六) 党の会議で、党のいかなる組織や個人にたいしても批判することができる。また、中央委員会にいたるどの機関にたいしても、質問し、意見をのべ、回答をもとめることができる」
中央委員長である志位さんに対しても名指しで意見を求めることもできる。党の役職は役割分担であって、身分を意味しないというルールがあるので、こういうことになっている。

いかにして民主的な組織と運営を実現するのか。いかにして個人のもっている良さを伸ばすことができるのか。
100年の歴史をもつ日本共産党は、組織運営の仕方、あり方についても新しい挑戦の中にある。古い政党だが新しいというのはこういう所にも存在する。

雑感

Posted by 東芝 弘明