一般質問を聞きながら考えた

雑感

一般質問2日目。どうやったら質問の改善ができるのか。具体的な質問者の質問展開を思い浮かべながら考えた。原稿を書いていない議員もいるような感じ。話がフワフワする。議員の口から断定的な表現が出てこない。やっぱり原稿は書くべきだと思う。質問の資料と組み立てだけを考えて原稿を書かない人もいる。ぼくの先輩議員もそうだった。

手書きで原稿を書いていた時代、おそらく議員の質問原稿というのは、書き足したり削ったりして、かなり入り組んだものになっていただろうと思う。そうなるのは、読み返すと削りたくなったり、付け加えたくなったりするからだ。それを清書すればいいが、そんな手間暇はかけられない。質問の内容を考えることに精根尽き果てる。手書きの人は、原稿を書かないという形が出てくるのも、こういう所に理由があるだろう。

ぼくの場合は、「これで今回の一般質問を終わります」とまで原稿が書かれている。当局の答弁に対し、受け止めてコメントすることまで「勝手」に想定して書いている。その原稿を当局に渡しているが、原稿を書かない議員は、町長局が「こういうことでしょうか」という形を見せてくるらしい。「そうなると、それにしばられてしまう」と語っていた。

しかし、実際の質問は、そんなものにはならず、フワフワしたものになっていた。
ワープロが確立して、今のようにほとんど変換のミスもなく原稿が書ける時代になると、ワープロによる原稿に勝る物はない。考えることに集中して原稿を書ける。一気に書いて読み返して手を入れて、もう一度プリントアウトすると綺麗な原稿になる。これはものすごく楽。昔の議員の負担を考えると、今の時代の方がはるかによい。もう昔には戻れない。
当局の側の答弁が今回は赤字で手元に来た。黒で印字したので赤い印字と黒い印字の違いが分からなくなった。仕方がないのでラインマーカーで答弁部分を囲むことにした。囲まないと答弁を呼んでしまうかも知れない。そうなったら恥ずかしい。

聞いていると、課長に尋ねて終わる質問があったり、提案部分になると曖昧な表現になる質問もあった。自分の質問の結論をどこにおくのか。これを鮮明にする必要がある。事業の必要性を明らかにすることが質問の目的であれば、この重要性を確認したかったということで終わればいい。
しかし、具体的な提案によって新しい事業を実現したいのであれば、事業の必要性とともに具体的な提案に力を入れる必要がある。こういうことを実現してほしいという点を鮮明にして、町長や教育長に見解をただすとなる。必要性を強調すれば道が開けると考えるのは間違い。議員の提案に対して真剣に考えてくれるのは、たかだか数日間。一般質問が終われば、「ああ終わった」となって、「はい。おしまい」。
「結局議員は質問したけれど、必要性を強調しただけで、具体的には必要性を踏まえて考えてほしいと言っただけで、具体的には何も求めなかったよね」
こうなって終わる可能性が多い。
必要性や重要性の共有だけでは、事態は改善しない。これは大事な視点になる。

一般質問後、全員協議会。午後は長期総合計画の特別委員会。ぼくが委員長なので会議を進めさせてもらった。当面は所管事務調査になる。所管事務調査の会議進行と付託された議案に対する会議の進行は違う。所管事務調査の場合は、議案審議なので、議案審議とは違うルールを設定する必要がある。議員間による自由討議、議員間の協議が中心になるので、自分の意見を訂正したり、態度を変えたりしてもいいということを確認しておく必要がある。
合意形成は、議論を通じて実現する。確認したことを軸に前に進む。これを繰り返すことによって、参加者は積極的になり、活発になる。

今日は、町の審議会の審査を受けて議論すること、議会は議員同士の意見交換を通じて議員として意見をまとめること、議員と審議会の委員が協議するのはおかしいのではないかということを確認した。同時に資料については積極的に開示してもらいたいということが確認された。長期総合計画の策定の権限をもっているのは町当局なので、「議員は出しゃばらずに控えめに提言しよう」ということが合意された。これで前に進むことになった。


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雑感

Posted by 東芝 弘明