田舎での遊び方

雑感

「休みの日は、かつらぎ町から出て行きます。遊ぶところがないですね」
20代の男性と話をしていると、こんな答えが返ってきた。
遊ぶところっていったい何なんだろう。
最近そう思い始めた。
子どもの頃、そう1960年代や70年代、遊ぶところは田舎の中にたくさんあった。自然があり友だちがいたら、どこでも遊ぶところだった。新城小学校の北の上はすぐに山だった。以前、水が流れたことによって道になっているところには、枯れ葉が敷き詰められていて、そこを登っていくと山の尾根まで歩いて行くことができた。木々の間から見える貴志川とそれに沿って東西に伸びている道は、小さく見え、走る車はおもちゃみたいだった。どんぐりの一種であるほそのみ(コナラかも)をたくさん拾って帰って教室の中で広げてみたりしていた。

そう、冬になると凧あげに夢中になった。奴凧に新聞紙を7㎝か8㎝ぐらいに切りのりで貼り付けてつなげた帯状の足を両側に付けると奴凧は安定した。たこ糸をつけて上げると、山の上まで届きそうなぐらい高く上がった。かつらぎ町の冬を見ていると凧なんか上げている子どもはいない。というか、冬、子どもたちが外で遊んでいる姿は見かけない。

田舎には遊ぶところがない?

小学校時代も、中学校時代も、高校時代もそんなふうには考えたことがなかった。遊ぶことはどこにでも存在した。
ボーリング場は小学校の時代にできた。ゲームセンターは、高校生になるとできてきた。映画も高校生になると行くようになった。それらの場所は楽しいものだったが、それがないと遊べないなどとは考えたこともなかった。

小学校時代の男の子遊びの一つは、探検隊だった。河原や山に秘密基地を作り、作るたびに大人に壊されていた。どうして秘密基地を大人が目の敵のように壊すのか、意味を分かっていなかった。人口が減っても、自然はあんまり変わっていない。今も田舎には遊ぶ場所がたくさんある。しかし、大人も含めて山や川で遊ぶことは少なくなっている。

かつらぎ町にも若者が遊べる場所を。ということを漠然と考えていたが、田舎での遊び方を再発見するだけでいいのではないか。それがかつらぎ町の良さなんじゃないか。とりあえず楽しい凧を親子であげてみたら、新しいことは始まるんじゃないか。
自然との楽しい遊び方。これを新たに生み出せば、面白い魅力があふれ出るのではないか。
都会の生活に疲れている人に。花園に行くだけではなくて、フルーツラインの道のちょっとした広場にテーブルや椅子があれば、そこでお弁当を食べるだけで、なかなか面白いかも知れない。コーヒーを飲んでゆっくりするのもいいかも。そんなことを考える。


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雑感

Posted by 東芝 弘明