同級生との忘年会

雑感

Friends by alishariat

(みんなが写真のような若者だった訳ではありません)
6時から同級生との忘年会があった。みんなの横顔をみているとかなり分厚く見える。ほんとにそれぞれごつくなったなあと思いながら、まずはビールを注文した。
「かんぱーい」
声が弾けるとグラスの当たる音がした。黒い顔もあれば赤い顔も白い顔もなる。
顔だけ見ていても色々な色があって面白い。
次々に頼んでいた料理が運ばれてくる。
ぼくは、とりあえずビールを飲んで、次にハイボールを飲んで、焼酎のお湯割りを飲んだ。だいたいいつもこういうパターンでお酒を飲んでいる。
ワンパターンだ。

話が長引いてくると、昔話になってくる。話の中でぼくの家の話が飛び出した。
ぼくの家は、中学校2年生の時から父親と母親が不在になって、高校生の兄貴を先頭にして兄弟だけで生活するようになった。
母親が、中学校2年の時にガンになって入院した結果、子どもだけで生活するようになったからだ。
ぼくは、中学校を卒業するまでは、笠田中学校の寄宿舎で生活をして、高校入学時から自宅で生活するようになった。
父も母もいない家庭には、友だちがものすごく集まってくる。兄貴の友だち、ぼくの友だち、若干の妹の友だち。誰かが必ずぼくの家には泊まっているような状態だった。ぼくの高校3年間は、同年代の人間と4歳年上の兄貴の友だちと一緒に暮らした3年間だった。

話をしていると次第にこんな思い出話が出てきた。ぼくの知らない話もいくつか重なっているので、50歳を超えたその当時の人間が集まって、お互いに知っていることを出し合っていけば、話が立体的によみがえるだろうなと思った。
こんな風に書いても、あんまりイメージが伝わらないから、若い人間だけで暮らす雰囲気を知りたい方は、ぜひ、椎名誠の「哀愁の街に霧が降るのだ」を読んでいただきたい。
この本は、ぼくの家の共同生活を思い出させる内容になっている。

あの当時、単車とギターと歌と馬鹿騒ぎとが入り交じり、そこにいくつかの恋愛物語が絡み合っていた。ぼくは、その家の住人だったのだけれど、ギターの周りにいて、馬鹿騒ぎの中心にいて、単車に乗り人様の恋愛を側で見つめて、自分の恋を胸に抱えていた。

馬鹿笑いが増幅して、喉がかれてきた。同級生と顔を合わせて話をしているとエネルギーが発散される。
2011年は、みんなの笑いの中で終わっていきそうだったが、今日の数時間は1978年頃に直結していた。
酒は何杯もおかわりされ、料理は綺麗に片付けられた。30日は慌ただしくくれていき、夜の星は綺麗になった。

(ちなみに明日はまだ集金です。)

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Posted by 東芝 弘明