あの頃のぼくは

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18歳になった月からまだ1か月もたたない3月の14日、ぼくは日本共産党に入党した。
和歌山大学経済短期大学部には、日本共産党員になってから入学したので、ぼくが大学で学びたかったのは、まさにマルクス経済学だった。
経済原論の講義を毎週受けていたが、ぼくにとってその講義は発見の連続だった。
あるとき、剰余価値の生産のところで小テストが行われた。大きな階段教室でテストが返されたときに、ぼくは教授に名指しを受けて、前の黒板で説明するようにうながされた。
この時のことがきっかけになって、ぼくのもとに説明をしてほしいという同級生が集まってきて、自主的な学習をしたこともある。
和歌山大学経済学部の直ぐ裏にアパートがあり、そこの1階に住んで、大学の塀をよく乗り越えてキャンパスに入っていた。
マルクス経済学の講義は、90分授業で週に1回、1年続き拡大再生産のところで終了した。
あれほど、時間をかけて資本論を講義してもらったことは後にも先にもこれだけだった。
ぼくは、2回生の12月に日本民主青年同盟という組織の勤務員になったので、それ以降、大学には行かなくなり、翌年から週に1日だけ行って、友達にノートを借りまくってテストをかろうじて受けるというようなことをしていた。
大学に入学した18歳のとき。
「あの頃のぼくは若すぎて」
今から思うとなんだか恥ずかしくなることが多い。
マキシムゴーリキーの小説に「私の大学」という題名の本があった。ぼくにとって大学は、日本共産党だった。学問の面白さは、日本共産党に入ってさまざまなことを学ぶ中で発見していった。
物事はすべて、連関・連鎖の中にあり、すべての事物は生成し発展し消滅する過程の中にある。固定した境界線はない。
これを教えてくれたのは、日本共産党だった。
そんなことを思い出しながら、今日は
「1人、部屋の中でコーヒー沸かしているのです」


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Posted by 東芝 弘明