ベスト・エッセイ集に寄せて

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日本エッセイスト・クラブが編集したベスト・エッセイ集という本がある。これは、日本エッセイスト・クラブの手によって、その年に雑誌などに掲載されたエッセイの中から選りすぐって編まれた作品集であり、文藝春秋社から毎年、1冊づつ発行されてきた。1983年の「耳ぶくろ」が最初の本で、発行されたものは25冊にのぼる。
この本に時代を映す鏡のようなものを感じてきた。戦争への批判的なトーンが次第に薄れた時期もあり、書き手は多彩だったのに、作品世界にはゆるやかに上ったり下ったりする変化があった。
事務所の机に01年版の「母のキャラメル」が立てられている。ふと目を向けたときに、なんだかこのエッセイ集をあらためて読んでみたくなった。
最近は、インターネットの検索から本の購入をはじめる。Amazonの検索窓にベスト・エッセイ集と打ち込んでエンターキーを叩くと画面にはベスト・エッセイ集のリストが本の表紙とともに表示される。
今回は、02年版の「象が歩いた」と03年版の「うらやましい人」を選択し購入した。5年以上前の本だったので、2冊ともマーケットプレイスで1冊1円、送料340円という価格だった。一昔前なら本屋さんの店頭で注文して、2週間以上またされて、「在庫がありません」とか言われ、手に入らないということが多かった。時代の変化は豊かで、古本でさえ、検索すれば本体1円という価格で購入することができるようになった。
2日ぐらいして本が自宅のポストに入っていた。取り出して包装を開けると「象が歩いた」という本が姿を現した。この本の表題を眺めていると既視感が次第に膨らんできた。
出勤前に2階に上がり、自分の書斎に行き、二重に本が並べられている本棚の前に立って、手前の本を数冊引っ張り出し、ベスト・エッセイ集が並んでいる棚をのぞき込んだ。
青い帯と緑の帯が目に飛び込んできて、次に背表紙が見えた。
「あった」
思わず声が出た。
同じ本を2冊づつ重ねて眺めてみる。既視感は自分の記憶から出たものだった。
安く買ったとはいえショックがある。同時に「誰かに読んでもらおう」という気持ちがショックの中に混じり込んできた。次に浮かんできたのは、なぜか何人かの女性の顔と名前だった。
4冊の本を車に積み込む。
笠田の駅前には、おいしいロールケーキを焼いている喫茶店がある。だんながぼくの同級生で、奥さんは色々な本を楽しく読む人だ。
喫茶店に本をもっていったとき、店内にはマスターであるだんなしかいなかった。
コーヒーを注文して飲んでいると奥さんが厨房から顔を出した。
「『象が歩いた』の冒頭に掲載されているのは浅田次郎さんの文章だよ」
そう言って手渡した2冊の本は、奥さんの笑顔のもとにひきとられた。
この店で25年間動き続けた時計が止まっていた。だんなが、椅子に上って電池を入れ替えると時計はコチコチという音を立てて動き始めた。
25年の歳月の中で編まれてきた本の物語も、再びぼくの中でゆっくり動き始めた。


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Posted by 東芝 弘明