『植物誌』

雑感

高校2年の頃の秋、土曜日になると蔵を改造して自分の部屋にしていたS君の所に行って、5〜6人でバンドの練習をしていた。ぼくは、バンドのメンバーに入っていなかったのに、いつもこの練習に参加していた。
ある時から、みんなで壁紙にマジックで落書きするようになった。あれよあれよという間に壁には、色々なことが書かれていった。彼女がいるのに好きだった女の子への思いを書くヤツや片思いの告白や色々なことが、耳なし芳一の体に書かれた文字のように壁一面を埋め尽くしていった。土曜日の夜、夜更けまで練習をして雑魚寝することが何度も繰り返された。でも日曜日、目覚めると夕方の5時ということが何度かあった。
「あーあ」
ため息が出た。
ショックだった。結局、土曜日の練習を切り上げて、日曜日の朝から練習すれば、もっとたくさん練習できたのに、日曜日がほとんど台無しだった。明日は高校に行く日。道で1万円を落としてしまったように、なんとももったいない日曜日だった。

ぼくは、この部屋で『イルカライブ』をよく聴いていた。このアルバムは1976年発売のものだった。このレコードは誰の物だったのだろう。記憶がない。
このライブを通じてイルカさんのファンになった。当時は、ライブのラスト曲、『いつか冷たい雨が』に哲学めいたことを感じていた。でも今にして思えば、この感覚には高校生の10代のあどけなさがまとわりついている。

ぼくが買った数少ないレコードの中にはイルカの『夢の人』や『植物誌』、『ちいさな空』があった。『夢の人』は3枚目のアルバムのようだ。1975年のこのアルバムには、虫の音(声)が録音されている。スタジオがどこかの山荘だったと思う。このLPの独特の録音環境がものすごく好きだった。

『植物誌』はLP時代に買った。発売は1977年。ぼくが高校2年のときだ。このLPはイルカのアルバムの中で最大のヒットとなった。でも、和歌山に引っ越しをして、さらに2度目となった引っ越しの時に大量にあったレコードは全部処分してしまった。イルカのLPもすべて。もったいないことをしてしまった。

50歳を超えてからCD版の『植物誌』を買い直した。一番好きな曲は、表題の『植物誌』だった。
この曲は、歌詞を検索してもヒットしない。CDがまだ手に入るのに不思議な感じがする。
ソロデビューしたときの曲が『あの頃のぼくは』だった。イルカさんは伊勢正三さんの曲をよく歌っている。多くの人が一番知っているのは、『なごり雪』だろう。でも『なごり雪』よりも『あの頃のぼくは』の方が好きだった。
物語のように情景が浮かぶ歌に心惹かれる。
大人になった今も、「君の気まぐれが許せなかった」と言いつつ、「そんな君の優しさは大人びて」いたという意味がつかみきれない。
そうそう、『なごり雪』には、続編がある。作ったのは伊勢正三さん。

蔵を改造したS君の部屋の壁には、今もまだぼくたちの落書きが残っているらしい。一度見てみたい。部屋の中に入れば、イルカさんの声が聞こえるような気がする。


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雑感

Posted by 東芝 弘明