こども園と大谷小学校の写真を撮った

出来事

こども園に到着したのは、10時10分前ぐらいだった。まだ水が十分にはけていない園庭で、子どもたちが元気に遊んでいた。保母さんが要所要所に立ったり座ったりして、子どもたちを見守っている。外廊下には、園庭の砂がかなり落ちていたので、掃除するのが大変だなと思って聞いてみた。
「広いので大変です。1日2回ぐらい掃除しないと。トイレもこまめにしないと匂いがつくので」
答えてくれた保母さんは笑っていた。
こども園を訪問した目的は、議会広報に載せる写真を撮ることだった。
カメラを向けると、こちらの姿に気がついて、「こんにちは」という声が返ってくる。
こちらをじっと見てくれる男の子がいたので声をかけた。
「毎日楽しい?」
「うん、楽しい」
「新しい友だちできた?」
「できたよ」
「ご飯おいしい?」
「うん、おいしい」
いい返事が返ってきた。
カメラに向かってポーズを取ってくれる子どももいた。この笑顔が保母さんのやる気の源になっているのだと思われる。
写真を撮り終えた後で、コーヒーをよばれて理事長と話をした。
事務室では、業者の人が作業をしていた。総ガラス張りの事務室に目隠しのシールを貼る仕事だった。保育室も事務室もランチルームもすべて上から下まで総ガラス張りなので、どうにも落ち着かない。非常に見通しがいいのだけれど、それがストレスの原因になる。こういう補修に近い作業も、町が支出した運営費の中から捻出することになるのだという。新しい施設を運営して1週間、落ち着いて園を運営するためには、いくつかの改善が必要だということは、驚きでもあった。

「泣き出す子も出てきました」
子どもは、大人よりも早く園になれるとはいえ、環境が激変して、知った先生もいない、知った友だちも少ないという現実もあるので、いろいろなことがしばらくは起こりそうだ。
「再々、見に来てください。理事長がそう言っています」
門の外まで見送ってくださったときに伝えられたのは、理事長からのメッセージだった。

こども園を出て、その足で大谷小学校に行った。入学式が終わって保護者の方々が子どもたちと一緒に校舎から出てくるところだった。
少し待っていると校舎の玄関前から人影がなくなったので、校舎の写真を何枚か撮った。大谷小学校から下に見える町並みはきれいだ。大谷の子どもたちは、この景色を見ながら6年間、ここで学校生活をおくる。

いい機会だから大谷小学校の自校方式の給食について書いておきたい。
町長の口から、大谷小学校の給食については、改築費が高くつくのであれば、大谷の自校方式を見直して、給食センターに一元化することも検討するという発言がなされている。本会議場の発言なので、自校方式を守れるのかどうか、一つの曲がり角にさしかかっているということだ。
しかし、現状の給食センターはスペース的に狭く、調理にも制限が出ている。副食を自由自在に作ることができなくて、メニューに制限が発生しているような状態だ。アレルギーに対する代替え食や捕食などの対応もするということだったが、中学校給食を実施するときにアレルギー対応のラインを取り除くことになったので、アレルギー対応はできない状態になっている。この現状の下で大谷小学校の食数を給食センターに加えることは、すべきではないのではないか。
現在の学校給食のあり方を示した学校給食運営審議会の答申は次のように書いている。
「民設民営による学校給食は、町長が平成21年9月議会で『財政問題を大きな理由として、まずは民設民営による学校給食を開校した小学校から実施 する。しかし、近い将来、中学校給食も含め考える必要がある。学校給食は センター方式にすべきだと考える。』と答弁したように、先ず民設民営でスタートし、近い将来、中学校給食も含めた学校給食を公設によるセンター方式で実施する。そのために、審議会で引き続き協議するとともに教育委員会に対しては早急に移行計画の策定を求める。」
ぼくはこの答申のこのくだりを読み上げて、現在もこの答申が学校給食の基本方針を示しているのであれば、この答申を踏まえて検討すべきではないかと町長に迫った。しかし、町長は答申を踏まえるとは言わなかった。
しかし、この答申が町の規定方針であるならば、現状も踏まえて対応を検討する必要がある。大谷小学校の自校方式の施設改修が高くつくのであれば、給食センターに統合するというのは、何の理念も目的もない安易な考え方ではないだろうか。統合する発想には教育的な哲学がない。


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出来事

Posted by 東芝 弘明