コインの表が自由なら、その裏には管理が張り付く

雑感

コイン

コンピューターの歴史の中にパーソナルコンピューターが生まれたことによって、新しい時代が切りひらかれたのは、誰もが否定しないことだろう。パーソナルなコンピューターは、発展することによって、個人の使用からビジネスに舞い戻って、全てのビジネス用端末をパソコンに置きかえてしまった。ビジネスから切り離されたパーソナルコンピューターが、再びビジネスの世界に戻ることによって、ビジネス用の野暮ったいコンピューターは、次第に洗練されたものになった。

安定期に入ったパソコンの姿を大きく変化させたのは、タブレットとスマートフォンだった。中でもスマートフォンが誕生したことによって、誰もが簡単に持ち運びできるコンピューター端末が出現した。この小さな電話付デバイスは、かなりの万能感をもって社会の中に急速に広がった。それは、パソコンを再びオフィスに閉じ込めるような力をもっている。

スマートフォンが、社会に浸透してくることと平行して、コンピューターがありとあらゆる生活の中に細かく入り込むようになった。身の回りの物が、コンピューターで管理されることによって、魔法のようなことが実現し始めている。多くのSF作家が空想の世界で描いていたことが、社会の中で徐々に実現しつつある。
これから先の変化は、さらにすごいものになる予感がする。ユビキタス社会が進むことによって、人々の生活の管理は、簡単にできるように変化するだろう。自分の健康管理やスケジュール管理、好きな物のリストアップ、好きな物の自由な購入、本人が嗜好している物が、画面上に現れてきて、いろいろな行動が綺麗に整理され、管理されるように変化する。

政治と経済に関わり実権を握っている勢力は、この便利な状況を自分のものにしたがっている。国によるマイナンバー管理は、国民にとっては大きな圧力になる。会社がマイナンバーをあつかうことによって、マイナンバーの管理ができない人々は、次第にはじき出されていくようになる。国民の暮らしがユビキタスによって自由になればなるほど、権力は、国民の状況を一元的に管理しようとする。
自由に便利に結びつく人間関係は、自由度が高まれば高まるほどに、利便性が高まれば高まるほどに、一元管理しやすくなる。自由に便利にという方向が、同時に国民監視につながる社会に日本は入りつつある。暮らしにおける自由の拡大が、ファシズムに利用される。

最大限の自由と最大限の利便性。これが全国民の情報管理に直結する。自由と管理、コインの表が自由なら、裏には管理がべったりと張り付きつつある。


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雑感

Posted by 東芝 弘明