問題意識に支配されて

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哲学と経済学、治安維持法のことについての学習の2つの講師を引き受けていた。関連する本を本棚から引き出す。10冊近い本を抱えて車に積み込み、事務所と自宅を往復する日が始まった。集中して本を読む。するといくつかの問題意識が鮮明になってきて、夜中に起き出して文献を読むという日が何日も続いた。
哲学について浮かび上がってきたのは、意識とは何かというものだった。
学習していると解けない問題意識というものが出てくる。
この最中に9月議会があったので、自分の問題意識をもてあましてしまった。一般質問の準備をしていても、「意識とは何か」ということが気になってしまう。買った本は、脳の仕組みや機能の解説本。ついついこの本に手が伸びる。
講師が終了して、問題意識が弱まってくるときに、体から魂が黒いかたまりになって、自分の背中から上に抜けていくような感じがした。
本棚に10冊近い本を戻し、一般質問の資料を集め、今度は次第にこちらの関係の資料を読み込んでいく。
調べながら本を読むときは、タコが8本の足でものをつかむように、関連する書籍を回りに引き寄せてくる。物事を把握する時は、立体的に、重層的に文献を読む。もちろん視野に入ってくる知識には差異があり、食い違いもある。どちらが本当なのかわからないこともあるが、それらが、問題意識を広げる力になる。
治安維持法のことについて調べるときは、図書館からも2冊の大判の近代日本の歴史本も借りてきた。机の上に本を重ねて、読み込んでいく。食い違いを厳密に確認するような作業はしなかった。
いつも、情報の整理は、潜在意識に任せる。おもちゃ箱におもちゃをぶち込んでいくように。
歴史を学ぶのは面白い。歴史の本は、一度に歴史の記述を時間軸に沿って書くことができない。近代の天皇制の確立、ブルジョアジーの台頭、労働運動の高揚、マルクス主義の衝撃、日本共産党の結成、その当時の文化など、どうしても記述は、テーマを歴史的に追求するような形にならざるを得ない。
しかし、そういうものを学んでいくと歴史に対する認識が、次第に立体的に組み立ってくる。平面的だった視野が、横にも縦にも広がっていく。
私たちが生きている現在も、一つ一つの物事には、歴史をたどってきた変遷(生成と発展)がある。つまり、物事には、その物事を紐解くようなしっぽがついている。このしっぽをたどっていくと、こんがらがっていた紐がほどけてくる。しっぽは過去にいざなってくれる導きの糸でもある。このしっぽをたどっていくと物事の認識は立体的になってくる。物事が立体的に理解できるようになってくると、物事を見る目に幅と深さができてくる。
歴史を学ぶというのは、過去を学ぶということではない。過去は現在につながっている。過去を学ぶのは、現在の謎を紐解く力になる。歴史の学習は、おのずから現在を照らす光になる。
いつまでも本を読んで、認識を広げたり深めたりすることはできない。講演の期日が迫ってくる。時間がなくなってくるとレジメを書き始める。書き始めると、正確に書きたいので、さまざまな文献を見ながら確認していく。
こういう作業が面白い。ぼくのこのような学び方は、一般質問の準備の仕方の中から出来上がってきたものだ。1日に1冊本を読めたら幸せだろう。本の中から得る核のような問題意識は、次の本を読むときの導きの糸になる。
1冊の本から得るのは、たった一言だったというケースもある。しかし、その一言に出会うことが、自分の認識の飛躍になったりする。言葉が一筋の光に見える。
本を読むことは、現実との格闘でもある。たえず、自分の頭の中には、具体的な身の回りの悩ましい現実がある。この現実への認識と学ぶことが切り離されたら、学ぶことは、糸の切れたタコ、迷宮への入口になってしまうかも知れない。
学んだことは、実際の現実と照らし合わせて、考えないと生きたものにならない。
それは、現実に役立つ知識ということではない。現実の問題は解けない大きな山。学びは、その山に釘を打ち込むようなものだ。
当然、簡単には答えが出ない。答えのでない問題に直面することが面白いのかも知れない。
本を読む行為は、現在進行形。ぼくが行っている一般質問も、講師として話したことも、学ぶ途上の中での一つの到達点にしか過ぎない。まとめて話をするのも、その時の到達点であって結論ではない。
学ぶ行為は、いつも宿題を残してくれる。この宿題が、次への足がかりになる。
人は50歳になっても伸びていくことができる。それは、生きる姿勢にかかっている。成長は、努力の先にしか花を結ばない。
50歳になったら、悟りのような境地に到達するのではないか、という錯覚があった。悟りの意味は、「迷妄を払い去って生死を超えた永遠の真理を会得すること」とである。悟りには、諦観と達観が入り交じっているように感じる。ぼくの中には、そんな心境がまったくない。20歳の時に見上げていた50歳という階段の中間点は、登ってしまえば、それは単なる日常の延長線だった。50歳のステージに立っても、悟りなんていうものは、自分の身の回りには存在しなかった。
ぼくが、若いときに大人に感じていた分別は、単に顔や体に刻み込まれていた、老化による重みだったのかも知れない。ぼくが見上げたその人は、学問に深い造詣があったので、その顔には悟りのようなものが宿っているように見えた。でも、それは、そう見えたということだった。
尊敬に値する人は多い。でもそういう人にも悟りはない。むしろ悟っている人は、少々危ない。
50歳になって、50歳以上の人々とも接して感じるのは、いくつになっても多くの人間は、はしゃぐのが好きで、遊ぶのが好きで、笑っていたいものだということだ。
20歳代も50代も精神構造はそんなに変わらない。物事がわかったように振る舞っている人は、どうもうさんくさい。自分が20歳代を通過して、少しは体験的にものを知っているから、知ったかぶりをしているのだ。20歳代の人と50歳の人との経験値の差は、頭一つぐらいの差であることが多い。もちろん、誰もがなしえない経験を積んできた人の話は奥が深い。ただし、それはその分野だけのことだ。人生全般でいえば、年齢による差よりも、重ねた努力と学んだ努力の差の方がはるかに大きい。
道を極めると、ほかの道の本質も見えやすくなる。でも、一つの道を究めても他の道の本当のことはわからない。豊かな人は、自分の専門外のことについては、謙虚な人が多い。それは、自分の専門に対する謙虚さと結びついている。
学んだことが、木の幹のように太く、根が大地にしっかり根をはっている、そんな人は豊かだと思う。頭でっかちでなく、弓がしなるように柔軟に、そして強く。知識を見せびらかしている人は、古本屋の見本市の足元にも及ばない。学んだことが体にしみ込んで、別の実や花にならないと人間として豊かにはならない。
青年老いやすく学成りがたし
何度この言葉を書いただろう。
老いを重ねても人間は立派にならない。自分の人生をどう生きたのか。肝心なのはここにある。
50回目の季節がめぐってきた。秋が次第に深まっている。
朝、新聞配達の時に柿の葉っぱが地面に落ちているのを見た。落葉に季節がしみ込んでいた。


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Posted by 東芝 弘明