砂上の楼閣
今日は一般質問の準備。2人に電話で取材した。紀北農芸高校は、生徒を大事にする学校になって、退学する生徒はほとんどいなくなったと言っていた。昔の状況とは大きく違っていた。もう一つは定員割れの状態にあることも教えてもらった。一クラス40人なので、学校の定員は、どの学校も丸まった数字になる。4クラスなら1学年160人(笠田高校と紀北工業高校)、3クラスなら120人(紀北農芸高校)、5クラスなら200人(橋本高校)という形だ。和歌山県の高校は全県1校区なので、受験生はどの学校でも選択できる。その結果、中学校の進路指導は成績をみて生徒を指導し、受験に失敗しないように出願させる。蓋を開けたら定員に満たない状況になったりするということだ。
それでも、受験のプレッシャーは半端でない。競争を組織すれば成績が伸びて全体の学力が向上するとしていたが、中高一貫校も、全県1校区も、受験学力を高められなかった。さらにエリートを養成する学校にするための改革が必要という視点が、今回の再編計画には入っている。
10代の子どもたちの自殺の要因のトップは学業不振だ。死因のトップも自殺だ。いじめを原因とした自殺は少ない。不登校を生み出し、自殺者を生み出す要因が、今の教育に存在している。極端な競争主義が、子どもを追い詰めている。戦後砂上の楼閣のように積み上げてきた教育制度は、人格の完成をめざすという教育の本来の目的から遠く離れてきた。
1学年6学級というきのくに教育審議会の答申は、29ある公立高校を20校程度に再編する目的のために作り出されたもののようだ。砂上の楼閣の土台を3分の1も削ってスリムにしたら、みんなこけちゃう。考えていると、なんだか将棋の盤上で将棋の駒を積み上げるゲームに狂奔する改革に見えてきた。
はっきり言って、東芝さんの主張は意味不明です。僕には理解できません。生徒数が2/3になるんだから、高校の数を2/3にするのが妥当です。それと進学率を上げるためには、成績のいい生徒だけを集めて授業する方が効果的です。よく共産主義の人達が、文武両道なんて理想主義を唱えるけど、無能はバカな論理です。大学受験をやったことない人達の妄想です。大学進学が偏差値によってランク分けされているのと、その学歴によって就職等に影響する以上、いい大学を目指すのが普通です。つまりいい大学を目指す高校生がいる以上、その上位の高校生を集めた高校をつくって、できるだけいい大学に進学させてあげるのが教育です。
よくいるのよ、大学受験やったことないのに偉そうなこという人達が・・・・本当にしんどいですよ。大学受験って・・・・。その高校生の気持ちを理解していない。
成績のいい高校生だけを集める高校は、必要です。成績の悪い高校生と成績のいい高校生を一緒に授業すると、成績のいい高校生に不利益です。
10代の死亡の原因のトップは学校問題。そのなかで学業不振が一番多い。しかも男性の自殺率が女性よりはるかに多い。
アメリカは、高校の総合評価で行く大学が決まります。受験勉強は必要ないので塾がありません。入ってからも、大学で履修した単位が、全国で共有されています。だから大学間の転校が可能です。アメリカ社会は、どの大学を卒業したのかは問題になりません。何を学び、どういう能力を身につけてきたのか。これが評価の基準になります。アメリカの真似をしたいのであれば、こういうところは学んだほうがいいと思います。
日本は、受験勉強が自分の生きる力=哲学と結びつかない傾向が強い。学ぶことが生きることとつながっていない。受験で学んだことが学問の内容とつながっていないところを改めるためには、受験競争で歪んでいる形骸化した学力を改善する必要があります。そのためには、旧帝大を中心とした難関大学なんていう仕組みを壊す必要があります。