水路の崩れを視察

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「かつらぎ民報」の表面と読者ニュース「清流」を作成した。今週は、民報の表面だけを新聞に折り込むことにした。
さて。
今日は朝から移地域に行き水路がくずれている現場を町職員の方々と一緒に視察した。現場には紀の川市名手上のNさんも立ち会った。
確認した水路は、移井の水路で、全体の姿を見ると実にうまく水が流れるように作られているのがよく分かった。歴史の流れの中で確立し、維持管理されてきた水路の構造には、驚かされるものがある。農業によって成り立ってきた地域の歴史をかいま見るような思いがした。
しかし、この水路の一部が崩れハッサク畑に水が流れ込むようになっている。崩れている状況はひどかった。もともとは水田だったところが、水田よりも畑の方が多くなり水路も以前のような役割を担うようにはなっていない。現場は、水田のとなりがハッサク畑で、そのとなりも畑というような状況になっている。
かつらぎ町は、紀ノ川の上流に位置しているが、もともとは水田が多く、この地でとれるお米からおいしいお酒もたくさん造られていた地域だ。しかし、米の過剰生産とやらで、戦後は水田からの転作がおこなわれ、ミカンが作られた。そのミカンもオレンジの輸入自由化の波が押し寄せ、転作を迫られ柿が多く作られるように変化した。
水田を維持するためのため池が、その役割を果たさなくてもよくなり、命綱だった水路も以前のような死活に関わる水路ではなくなりつつある。
しかし、水の必要な水田も点在しており、現在でも水路を守る水利組合がまだ一定の役割を担っている。
しかし、ここにも新たな困難が生じつつある。それは耕作者が減少し農地が荒れるという問題だ。そうなると水路を維持していた負担金の徴収もむつかしくなり、それにともなって維持管理にも支障が出はじめている。
かつらぎ町の農業はどうなっていくのだろうか。
農地を維持するためには、農業の担い手を増やすしかない。しかし、農業経営に展望が見いだせないままだと担い手も生まれない。
東京の机の上で作られるようにしか感じられない農業政策。地域の崩壊と農地の崩壊が同時に進行している中で、これに抗して日本の農業を守れという声を上げる必要がある。田舎で住み続けられる町づくり。これは本当なら日本の国策なのだと思うが、地域間の格差を拡大する新自由主義は、農業問題を視野の外に置いて、「我亡き後に洪水は来たれ」とうそぶいている。
お馬鹿さんな経済学者は、農業の非効率をあげつらって、効率のよい農業生産を語り、国際分業などを語る。しかし、日本の農村地域が崩壊して人が住まなくなり、荒れ果てるような状況こそ日本の壮大なるムダ遣いだということにはなかなか気づかない。
都市は農村の土台の上で成り立っている。日本の国土は、圧倒的多数の田舎によって維持され管理されてきた。都市はその狭い空間しか見ないで、都市が未来に亘って維持されると思っている。
最後は農家が勝つ。
この悲しい小さな勝利宣言は、実現しない方がいい。
持続可能な日本の発展と国民の生活を守ること。そこに日本政府が力を尽くすようにならないと、日本の衰退は思った以上に速いように思う。
食糧自給率が13%になってしまう関税の撤廃論議のなかで「それでいいではないか」という財界代表がいる。その人は、人間も動物なのだということを忘れているし、国土の保全なども考えたことがないのだと思う。
「我亡き後に洪水は来たれ」
このスローガンは、新自由主義者のスローガンではないのかも知れない。
「どんな経済活動をしても洪水は来ないよ」
これが、新しいスローガンなのかも知れない。だから地球温暖化の数値目標設定に反対できるのだ。


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Posted by 東芝 弘明