和大マンドリンクラブの定期演奏会

出来事

和歌山大学のマンドリンクラブの定期演奏会が、和歌山市民会館で開催された。
「4年間で1回ぐらいはお父さんも演奏会聴きにに来てよ」
娘が以前からそう言っていたので、いろいろな日程を返上して演奏会を聴きに行った。
和歌山大学のマンドリンクラブの歴史は長い。3回生の娘は、コンサートミストレスを務めていたので、演奏会の中でも紹介された。

精魂込めて打ち込んできたクラブによる演奏会だった。3年間の努力を聴かせてもらった。
音楽は、人間にとって生涯にわたって人生を楽しませてくれるものだと思う。技術と音に対する感覚を体に染み込ませて、自分のものにするので、音楽が一般の人とは違って聞こえるようになっている。音にまつわる法則と調和、そこから生み出される無限の組み合わせ。音による表現の豊かさが、人間を豊かにする。

どのような分野もそうだが、道を極めていくと新たに見えてくるものがある。文章にしても論文にしても、自然科学の分野にしても、スポーツにしても、極めていくと普通の人には感じることのできない領域が扉を開く。専門家と呼ばれる人々が触れている世界というものは、その世界を形作っている法則との関係で成り立っている側面がある。自由とは必然性の洞察だという言葉もあるけれど、道に分け入っていくと法則性が見えてくる。法則性というのは、追究するとこのようにしかならない。こっちを突いたらこっちがうまくいかないというような、極めて繊細な問題に触れ始める。しかし、この法則的な傾向を知り、それに縛られながら高みを目指していくと、突破点のようなものが現れてくる。

法則に従って追究していくと自由への道が開かれる。つまりは自由とは必然性の洞察だということだ。

もちろん、幾重にも重なっている法則性のなかで、最も高い極限のような地点で努力している人もいれば、入門したてのまだ入り口のような地点にいる人もいるが、そいれはそれで楽しいものがある。音楽を友だちにして、音楽でつながって、音楽という言語を駆使して自分を表現する。音はすぐに消えていく。形としては消え去って行くものだが、人々の記憶にしっかりと刻まれていくのも音楽だ。

最後の曲は、小学校の頃、教師であった母と恩師だった牧野先生の指導で子どもたち全員で合唱した曲だった。聴いていると子どもの頃の練習の風景がよみがえってきた。記憶にある音楽に触れると心が動く。


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出来事

Posted by 東芝 弘明