和歌山の議員のインターネット度

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今日は、ぼくのブログを「読んでいる」という知人(かつらぎ町民)に会った。
こんな風にいわれると嬉しくなる。
いったい地元のどれぐらいの人が、blogを見てくれているのだろうか。
対話をしていてもそんなに話が出てこないので少ないんだろうなと思っている。
ブログが、ぼくの活動の影響力を広げているという感触はない。
しかし、毎日記事を書いて、反応がポツリポツリとあるとうれしい。
インターネットは、この田舎でもかなりの規模で普及している。
しかし、ブログを書いている人が、かつらぎ町には何人ぐらいいるだろうか。
町民でブログを読んでいる人はどれぐらいいるだろうか。こういうことを知ってみたい。
伊都郡と橋本市の議員でブログを開設しているのはぼくだけだし(橋本市議の松浦けんじ議員が3月3日に開設してそのまま止まっている)、エリアを紀ノ川筋に広げても、この状況は変わらない。
岩出市や橋本市でブログを開設する意味はあると思う。かつらぎ町のような田舎よりもインターネット人口は多いだろうし、関心も高いだろうからだ。
議員が、ブログに関心を示さないのは、議員のインターネット度が低いからかも知れない。
議員の中のネット度が低いと思われる中で、日本共産党の議員は、比較的インターネット度が、高いといっていいだろう。
和歌山の議員のインターネット度は、和ネットというホームページをみれば分かるようになっている。関心のある方はどうぞご覧いただきたい。
ぼくは、2005年1月7日から2007年7月27日の今日まで、昨年の町議選挙の告示期間中だけ更新を停止せざるをえなかったが、毎日記事を書いてきた。旅行で家を留守にしたときには、携帯から記事をアップし、視察で東京に行ったときには、ビジネスホテルのパソコンから記事をアップした。
愛地球博に行ったときには、駐車場に車を取りに行く道すがら携帯からアップした。スキーに行ったときには、民宿のホームごたつでメールを打った。
なんだか毎日更新が執念のようになっている。
ぼくの人生で、日記を2年7か月も書き続けたことはなかった。そういう意味では中身はどうであれ、値打ちはあると思っている。
ときどき、自分で書いてきたBlogを読み返すこともある。
書いたことを忘れていることも多い。しかし、毎日真剣にひたむきに記事を書いてきたので、記事を書いてきた効能を感じている。
効能の1つは、演説の組み立てがかなり自由にできるようになったこと
2つは、一般質問の原稿書きもかなり自由自在になっているということ
3つは、人前で話をすることが苦にならなくなっていることだ。
日本共産党に入って驚いたのは、不破哲三さんの演説だった。この方の側に仕事で何度かついたことがあり、握手も何度かしていただいたことがある。不破さんという方は、演説の間際まで、情報の収集をおこない演説を準備する人だが、間際まで集めた情報が、実に見事に演説に盛り込まれる。しかも演説の組み立ては見事としかいいようがない。
なぜ、こんな超人的なことができるのか不思議だった。しかし、その謎解きは、文章を自由自在に書けるという能力にあるのだと思う。
齋藤孝さんは、文章を自由自在に書けるようになれば、講演も文章を書くように自由自在におこなえるようになるという意味のことを書いている。また、原稿用紙10枚をかける能力が身につけば、どんなに長い文章でも書けるようになるとも書いている。
Blogを書いてきて、これは本当のことだと思うようになってきた。
脳は、訓練すればかなり豊かになるということだとも思う。
最近、街頭演説をおこなっていても、話すべきテーマが定まっていれば、原稿をそんなに用意してなくても、ぶっつけ本番で話が組み立てられるようになってきた。演説をしながら、同時進行で話が組み立っていくような感じがする。
不破さんは、文章を自由自在に組み立てられ、一度文章を書くとほとんどメモを見ないでも、演説ができ、しかもその演説がそのまま文章になるという域に達している。しかし、このような能力は、天才でなければできないというものではない。いまならそう思う。
こういう確信をもち、実際の効能を感じているので、Blogを書き続けることを日課からはずせない。
ブログへの記事アップは、自分のスキルアップに直結している。


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Posted by 東芝 弘明