「豊かさ」の陰に張り付く貧困

雑感

現在社会の中で貧困の実態を分け入って把握する仕事は、欠くことのできない課題だと思っています。商品が溢れかえり、商品の値段が下がっている今日、貧困はものの豊かさという視点だけでは見えなくなっていると思います。生活保護の実態も物の豊かさという側面から捉えたら実態には迫れないと思います。テレビで無料リサイクルの紹介があり、お金をかけなくてもかなり家具が集まってくるような状況を紹介していました。ホームレスの方でも一定の物は集まってくるというのが、現在の姿だと思います。言い方を変えれば、ホームレスでもある程度暮らしていける時代だということです。
ネットカフェ難民もそうですよね。
都会ですれ違っても、生活の重圧に押しつぶされそうになっているネットカフェの住人でも、見ただけでは困っているようには見えないケースもあります。

わが家の綺麗なオーブントースターは、2000円を切った商品でした。安かったので2台買いました。この2000円しないオーブントースターは、上下の電熱を切ったり入れたりできるもので、1台目は十分3年持ちました。壊れたのでストックしていたオーブントースターを出して使っていますが、すごく快適です。扇風機も2000円を切った商品を買ってきました。これはもう2年使っています。
現代は、表面的な「豊かさ」の中に貧困がじわじわ広がり、生活の困難が「豊かさ」の後ろにべったり陰のように張り付いているような時代なのかも知れません。母子家庭でぎりぎりに生活をしていても、生きる手段として通勤の足に車を持っています。「車を持っているから貧困ではない」などという論理は成り立たないと思います。60年代のような、明らかに「貧しい子ども」という写真は撮りたくても撮れないということです。

「生活に困っている人なんてかつらぎ町におるかい。みんなちゃんと生活してるやんか」
という発言がありました。この発言は、表面的な姿に対する感想だと思います。
福祉の現場で、町民の生活実態に向きあっている職員は、格差と貧困の中で悪戦苦闘しています。老人問題も介護虐待も子どもの虐待もその根底には、貧困が横たわっているケースが多いと思います。しかも、こういう問題がじわりじわりと広がっているのが現実だと思います。
政治は、貧困問題をリアルに捉える視点を見失ったらおかしな方向に行くと思います。もうすでにかなりおかしい方向に暴走していると思いますが。住民の生活の中に分け入っていかないと貧困問題は見えない。そんな風に考えています。

さて。
今日は決算委員会で委員長報告をまとめて全員で確認しました。議員による相互討議という点では、かなり充実した決算委員会になったと思います。


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 和歌山県情報へにほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へにほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

雑感

Posted by 東芝 弘明