予算質疑、変化の兆し?、極めて弱い?

雑感

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葬儀に参列した後、午後から一般会計への反対討論を書いた。気がつくと7時を過ぎ、家に帰ったのが8時前だった。思った以上に作成に時間がかかってしまった。
反対討論の中心は、地方創生の具体的目標を明らかにしているのに、どんな角度から検討しても、予算がその目標に向かって真剣に努力する内容になっていないというところにある。今のままであれば、人口減少や地域経済の衰退が露わになっているにもかかわらず、それなりの努力を行い、「努力を行っても、なかなかうまくいきませんでした」ということを想定しているような取り組みになる。
どうして活性化に向けた熱意やうねりを感じるようなものにならないのだろうか。深く聞けば聞くほど目標への取り組みが具体化されているというのではなく、あいまいに、あいまいになる様な議論へと話が拡散していく。結局やろうとしている事業の目的や理念があいまいで、何が実現するのかも明らかにならないというものになる。議員には、いろいろな見方が存在するのだけれど、活性化に向けた努力を求める議員の熱意の方が高く、町の方が冷めているという感じになる。

こういうことを書いたら、
「そんなことはありません。東芝議員、ブログにそんなことは書かないでください。目を見張るような変化を起こして見せますから」
そんな気骨のある反応が返ってきてほしいと思っている。そもそも、こんな風に書いていること自体、非常に残念だと思っている。

隣の九度山町は、国体に向けた取り組みも含め、道の駅の開設、国体の盛況ぶり、大河ドラマ「真田丸」の放映と観光事業がうまくマッチして(「真田丸」が実現したのも長野県上田市や九度山町の放映を求める努力が実ったもの)、オープンした「真田ミュージアム」も大盛況を博している。打ち出した施策が、相乗効果を生み出して今のような状況が生まれているといえる。
こういう形になると、変化が町民の目にも見えるようになっている。

かつらぎ町はどうかというと、一つ一つの施策が九度山町のように相乗効果を生み出すような感じになっていない。町民がかつらぎ町を自慢できるようなものは生まれておらず、大人しい状態が続いている。行政への視察もほとんどなく、時々あるのは議会改革に対する視察ぐらいだ。どこか先進地はないのかなという視点で探して、いい町があるとかつらぎ町の議会は視察に行くのだけれど、そういう目で見てもかつらぎ町は引っかかってこない町になっている。目立つようなことはしない、というか変化は起こさないというか、それなりのことはやっているが、それなりのことに留まっているということだろうか。

目立つようなことをしろと思っている訳ではなく、地域活性化のために精一杯努力を行っていけば、変化が起こり、その変化が世間の注目を受けるということではないだろうか。そういう実のある変化を求めているのだけれど、そこに至る道はまだ遠い。


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雑感

Posted by 東芝 弘明