日航機墜落事件から25年

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8月12日、この日は、日航のジャンボジェット機が御巣鷹の尾根に墜落した日として人々の記憶に残る。
この事件は、強烈な印象を持って受けとめた事件だった。毎日、赤旗や他の新聞記事を読み、墜落に至るまでの飛行機の飛行ルート、事故の原因をさぐる記事などをむさぶり読んだ。
あれから25年が経つ。当時ぼくは25歳だった。6時台に飛んでいる飛行機を見るたびに墜落したジャンボと同じ時刻の便ではないかと何度思ったことか。
JALも国鉄も官の影響が強かった時代は、何よりも安全が最優先されていた。安全が命だった時代がある。この体制に対し、非効率だという批判が強まり、余剰人員という指摘が強まって、官から民への流れが起こった。この日航機墜落事件の先に信楽高原鉄道事故、JR西日本福知山線事故がある。
民間経営にとって、安全と営利は拮抗関係にあり、ぎりぎりの線上で綱渡りをおこなっているといえるかもしれない。
JR和歌山線もこれらの事故とは無関係ではない。赤字路線である粉河──橋本間は、夜行われていた整備点検作業を昼間おこなうようになり、その作業中は電車を止めている。夜間作業が高くつくから昼間の作業に切り替えたというのがJR側の説明。経費削減は、これだけではなく保線の回数を極力少なくし、少なくなった分については、運転手が運転している最中に異常を感じたら報告させるという体制をとった。
官にしかできないことがある。
それは、人の命を最優先してことにあたるということだ。
しかし、官の中に効率が追求され、優先されてきた中で、官の中にさえ過労死が生まれ、非正規労働の増大が顕著になってきた。
日航機墜落の事故の原因は、結局徹底的な調査が行われなかったために特定できていない。圧力隔壁の破損による尾翼の破壊、欠落が墜落の原因だというのが事故調査委員会の報告だが、機内の気圧の低下は確認されないままとなった。海に沈んだ尾翼が回収されなかったため、事故調査委員会の報告は推論の域を出るものではなかった。
官から民へ。というスローガンは、政治的な意図をもって行われたものだ。このスローガンの中には、8月12日の日航機墜落の教訓は入っていない。
そうではなかろうか。

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Posted by 東芝 弘明