自分の宝物を磨け

赤旗読者ニュース「清流」を作成した。「清流」はほぼ4年ぶりの発行となった。自分の活動を議員活動を中心に組み立て直す一環として、「かつらぎ民報」と読者ニュース「清流」を発行することにしたい。
4年後の選挙を目指し2人目の候補者をつくるためにどう活動するのか、というのも大きなテーマになる。
多くの人々に日本共産党の活動を知っていただき、共産党に入ってもらいたいとも考えている。
人生は一度きりしかない。人生を豊かに生きるためには、自分のもっている能力を磨く努力は欠かせないと思っている。能力は肩書きでは身につかず、就職によって身につくわけでもない。それよりも大切なのは、自分のもっている宝物を一生懸命に磨いて、スキルをアップすることだと思う(この考え方は森岡毅さんの本『苦しかったときの話をしようか』から学んだことだった)。
読み書きの力をアップするだけで、これは大きな力になる。本を読むスピードが人よりも格段に速ければ、情報を手に入れる力が豊かになるということであり、こういう力があれば、どんな仕事についてもその人は大きな力を発揮するだろう。
ぼくは、人よりも速く本を読む力は身についていない。この力を身につけたいと思っているが、これはなかなか叶わない。
文章を書く力
ぼくの書く力は多くの人よりも高い。
17年間ブログを書き続けてきたことによって、文章を書く力は格段に向上した。この力によって、話す力もアップするようになった。街頭演説を行うときに、話の組み立ては必要なくなった。必要なのは正確な情報だ。これさえあれば話は組み立つ。頭の中に演説の構想がなくても、話すテーマさえ決まっていれば、そのテーマについてきちんとした認識があれば、マイクを握って話し始めると、話は文章を書くように組み立つようになった。
文章を書く力で言えば、周りの人よりも速く文章をまとめられるようになり、要約力も向上した。思いつくままに書いても文章は破綻しなくなったし、文章の組み立ても以前より格段に向上した。何度も書いているように、徹底的に調べれば、一般質問は構成しなくても組み立つようになった。徹底的に調べれば潜在意識の中で文章は構成される。
これは決して特殊な能力ではない。人と人との会話は瞬時に成り立っている。ほとんどの人は他人と瞬時に会話のキャッチボールができる。こういうことができるのは、脳が潜在意識の中で情報を大量に処理しているからに他ならない。脳による情報の処理力は、意識されて行われている部分よりも、潜在意識下による処理の方がはるかに大きい。
インプットすれば、情報は処理される。ただし、そうなるためには哲学の学習が必要だと思っている。情報を大量にインプットして混乱する人は、哲学力に欠けるといえる。潜在意識下で情報を処理したければ、意識とは何か、論理とは何か、概念とは何か、人間の認識とは何かなどを唯物論的にかつ弁証法的に捉えられるように、まずは学習することが必要だ。科学的な哲学が解明した到達点を知り、そのことを実際に生かす努力をすれば(これは訓練でもある)、潜在意識下における情報の処理力は格段に向上する。
以上のように読み書きという最も基本的な能力を向上させれば、多くの仕事に極めて有用な力を発揮する。この能力は、自分の生きる世界を確実に変革する。自分の生きる世界を変えたければ、読み書きの力を向上させよう。そう訴えたい。
ニュースの編集力
議員になってニュースを発行したいという思いからニュースづくりとビラづくりに努力してきた。この努力の中で、Windowsとは決別し、Macを手に入れ25年が経った。和歌山県内の共産党の議員の中でぼくの作成するビラが一番綺麗ではないかと密かに思っている。綺麗なビラ、綺麗なニュースの作成という点で、ぼくのスキルは、AppleのMacなしには成り立たなかった。この能力は、32年間の議員活動の中で培われたものだ。新聞の折り込みチラシと同じものを再現せよと言われれば「できる」というレベルだといえばいいだろうか。
かつらぎ町議の中で写真の上手な人がいる。議会だよりの表紙写真は近年、ほとんどこの議員の写真が使われている。同じカメラをもって、写真を撮っても出来具合は全く違う。オートで撮っても違いが出る。ファインダーを覗いて何を切り取るのか、どの瞬間を切り取るのかという点で差が出る。写真を上手に撮る能力は、今の時代、かなり大きい。
事務局に絵の上手な職員がいる。挿絵のカットを自在に描ける人がいれば、どれだけ仕事に役立つだろうか。プロの絵描きになる道は険しいけれど、絵を書く力が格段に高い人はうらやましい。この能力があれば多くの仕事に生かせると思われる。
わが娘は、小さいときから音楽教室に通って習ってきた中で、音を採れる力を身につけている。教員になった現場で曲から音を採れる力はおそらく重宝がられると思われる。
好きこそものの上手なれ。せっかく一度限りの人生を生きているのだから、自分のもっている宝物を磨いて生きた方が楽しい。究極は他人との競争ではない。自分のもっている能力をどうやって向上させるのかということだ。その分野が好きだということ、その能力を高めたいと思うこと。この意思があれば、自分の能力を高めることはできる。自分の探究によって高めた能力は、人生を豊かにし、人生を生きる力になる。
日本共産党員のすすめ
日本共産党員になるメリットと自己の能力を高めることはつながっている。もちろん、共産党員にならなければ能力は高まらないということはない。ただ、日本共産党の論理は、「事実から出発して法則を明らかにする」という点に基本があるので、「事実を重んじ、事実をありのままに見る」ことを求める。同時に全ての事実が「連関と連鎖の中にある」ことを追求する。同時に事実の中に矛盾が存在しており、事物には「固定した境界線がない」ことも視野に入れている。このものの見方、考え方を知って生かすようになれば、物事の本質に迫れる科学的な力の基礎が得られる。もちろん、日本共産党員にもいろいろな人がいるので、日本共産党のこの理論を体現していない人もいる。
しかし、このものの見方考え方を学び、人生に生かしている日本共産党員は、生きる基本において、人間として幸せになれるきっかけをもっているといえると思っている。せっかくの人生、自分自身の人生を主体的に、能動的に生きたいのであれば、日本共産党への入党という選択肢があっていいだろうと思っている。でもまあ、共産党員のぼくがこう言っても説得力はないかな。
日本共産党には、運動の基礎に自然科学と社会科学の到達点を踏まえた科学がある。もちろん、この考え方を社会に押しつけることはしない。日本共産党は、安保法制のたたかいの中で、個人が自覚的にデモに参加する姿や野党は共闘という姿に接して、憲法13条の個人の尊厳の尊重こそが憲法の神髄であることを捉え直し、政治的な立場の違いを認め合いながら相手をリスペクトすること、見解の違いを確認しつつ、共同を進めることに足を踏み出し、人間の社会が多様性をもったものであり、ダイバーシティー、ジェンダー平等の推進という認識を導き出した。個人の尊厳の尊重を改めて「発見」した(日本共産党として認識し直したということ)ことが、日本共産党の未来社会論の充実にもつながり、綱領の改定という形で実を結んだ。
運動や実践を通じて学びそれを生かす柔軟性に未来を感じる。日本共産党員であれば、真理の探究に立ち会える。
自分のもっている宝物を磨くことと日本共産党員として生きることは深く結びついている。そこが豊かで面白い。










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