議員には小説の力が必要だと思います

雑感

小説を読もうという話になった。
議員には文学の力が必要だと思う。生活相談のときに、相手の話を聞き込んでいくときに、相手の話がイメージ豊かに思い描けるかどうか、さまざまな施策を取材したときに、情景をリアルに思い描けるかどうかは、かなり重要な意味をもつと思っている。イメージ豊かに思い描けなければ、相手の琴線に触れるところに接近できないし、取材においては、取材対象の本質に接近できない。取材の時は、取材の合間に挟んでいく質問が非常に重要な意味をもつ。その時に本質に接近するような質問を発することができないと、対象には肉薄できない。

たとえば、花園地域の患者輸送車の取材をしていたときに、次のような質問を行ったことがある。
「委託を受けている人は、どんな服装をして現場に行くのですか」
「役場の作業服です」
課長は、支所の2階にある元村長室でソファーに座っていたぼくにそう答えた。
観光客がケガをして患者輸送車を待っていると、救急車そっくりの車が到着する。しかし、車から降りてくる人は、一般的な作業服を着ている。救急隊員ではないことが一目で分かってしまう。この違和感はかなり大きい。衝撃的な瞬間だ。
取材される側は、作業服で行動していることは自明のことなので、なかなかこんな話は出てこない。この質問は、イメージを組み立てて話を聞いていて、出てきたものだった。

物事はすべて具体的なもので成り立っている。現場取材が大事なのは、現場に行くと行かないのとでは、気がつくことに大きな違いがあるからだ。さらに現場でも、豊かにイメージする力が問われる。
文学は、文章表現だけで情景を再現していく。リアルなイマジネーションを頭の中に描くことによって小説が動き始める。小説を読むことを通じて、読者は他人の人生をさまざまな時代の中で生きていく。作家が思い描いた作品世界とは微妙にずれている。ずれながら100人が100人とも微妙に違う具体的な像を結んでいる。
他人の人生を追体験し人間の心の動きや機微を理解できるようになるという点で、小説には大きな力がある。同時に物事をイメージ豊かにつかませてくれる力も小説にはある。評論や論文にはない力を小説は持っているということだ。

小説のことを書いていると描写をしたくなったので、書いておこう。

夜になるのが早くなってきた。夕暮れが闇に沈んでいくとひんやりとした空気が窓の外から静かに流れ込んでくる。空気の流れがまるで見えるように。秋が闇の中に降りてきて、部屋の中に緩やかに流れ込んでくるみたいにも感じる。空気の流れは心にも染み込んでいく。秋の夜長は、涼しい空気によって運ばれてくるのかも知れない。
小説が読みたいと思いはじめるのはこういう時だ。
事務所を出て、闇の中でシルエットとなっている車のドアを開けた。ややオレンジ色ががったルームライトが灯る。ヘッドライトをつけて暗くなった道路に車を走らせる。寂しそうに見える町並みが窓の外で流れはじめた。

雑感

Posted by 東芝 弘明